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トヨタが「AE86 2人乗り&MT仕様」を世界初公開、なぜ? 発売から40年目…水素&EVで華麗にドリフトするハチロクを展示した理由

くるまのニュース 2023年1月13日 9時30分

TOYOTA GAZOO Racing「東京オートサロン2023」に2台のAE86をお披露目しました。発売から40年経ったいま、なぜあえてAE86を展示したのでしょうか。

■なぜトヨタは発売から40年経ったAE86をお披露目したのか

 2023年1月13日から15日に開催される「東京オートサロン2023」に、TOYOTA GAZOO Racing(GR)は2台のAE86をお披露目しました。
 
 なぜ発売から40年経ったクルマをお披露目したのでしょうか。

 トヨタは「カーボンニュートラル実現に対して全力で取り組む」と語っていますが、「正解が解らないからこそ、選択肢の幅を広げる事が大事」と一貫してマルチソリューションを唱えています。

 つまり、国や地域によってエネルギー事情は異なるため、パワートレインにも適材適所があるということです。

 筆者もその考えを全面的に支持しますが、短期間で全てのクルマを置き換えることは不可能でしょう。

 となると「今、乗っているクルマはそのままでいいの?」という疑問が出てきます。

 トヨタは「古いから仕方ない」ではなく、そのようなクルマのカーボンニュートラル化もシッカリと考えています。

 今回の東京オートサロン2023は「トヨタはクルマ好きを誰一人置いていかない」を共通テーマにさまざまな展示を実施。

 そのなかの「愛車を守るカーボンニュートラル」をコンセプトにした2台のモデルを提案。

 それが「AE86 H2コンセプト」と「AE86 BEVコンセプト」になります。

 その名から解るようにH2コンセプトには「水素エンジン」、BEVコンセプトには「電動化パワートレイン」が搭載されています。

 実は2023年1月6日にトヨタが出展概要の一部を発表しましたが、ブースのイメージ画像の奥に2台のAE86がチラッと映っており、SNSでも「あれは何者なのか?」と話題になっていましたが、これが答えです。

 AE86とはクルマ好きならご存じでしょうが、1983年に登場したFR駆動最後となるカローラ・レビン/スプリンター・トレノの型式名です。

 このモデルでクルマの運転のイロハを覚えた人も多いと思いますが、すでに登場から35年以上が経過しており、今やビンテージの領域に足を踏み入れています。

「そんな貴重なモデルはノーマルで乗るべき、手を加えるなどけしからん!!」という意見もあると思いますが、クルマ好きにもカーボンニュートラルの重要性をより身近に、よりリアルに感じてもらうためには、ピッタリなベース車両でしょう。

 ちなみに開発メンバーにその辺りについて聞いてみると「2台共に改造は最小限に留めていますので、元の状態に戻すことも可能です」と教えてくれました。

 では、この2台はどのような特徴があるのでしょうか。

 ベース車両はAE86 H2コンセプトが後期型のスプリンター・トレノGTアペックス、AE86 BEVコンセプトが後期型カローラ・レビンGTアペックスになります。

 筆者が「なぜ、H2がトレノでBEVがレビンなのでしょうか?」と質問すると、担当者は「レビン(LEVIN)には“EV”が入っているので!!」と教えてくれました。

 エクステリアはどちらもフロントリップスポイラー(前期用)/サイドステップ、程よくローダウンされたサスペンション、幅広リムのワタナベ・アルミホイール&195/60R14 のポテンザRE71RS(AE86 BEVコンセプトのリアのみBS NEXTRY)など、AE86の定番カスタマイズがおこなわれています。

 さらにサイドにAE86 H2コンセプトはブルーの「H2」と「水素エンジン(実験用)」のステッカー、AE86 BEVコンセプトはグリーンの「EV」と「電気じどうしゃ(実験用)」のステッカープラス。ちなみにロゴは某アニメのイメージなのは言うまでもないでしょう。

 ちなみに2台共にリアスポイラーレスなのは部品の欠品ではなく担当者の好みだといいます。

 インテリアはAE86 H2コンセプトはセンターのオーディオ部へのモニターの追加、AE86 BEVコンセプトは灰皿部のモニターの追加とシフト位置の変更(トランスミッションがベースと異なるため)以外はベース車と同じですが、ナルディのステアリングやブリッドのバケットシート(何とcarbon neutralの刺繍が入った専用品)など、定番のカスタマイズがおこなわれています。

 ちなみにAE86 H2コンセプトは内張り/リアシートがシッカリ装着されていますが(実は珍しい)、AE86 BEVコンセプトはフロアが鉄板むき出し&助手席フットレスト装着など少しだけスパルタンな仕様になっています。

 この辺りは意図的ではなく入手したベース車の状態がそのまま表れているようです。

■AE86が水素車とBEVに大変身! 中身はどうなっている?

 まずは「AE86 H2コンセプト」です。

 開発は水素エンジンに知見を持つGRカンパニーが担当、ベース車のレストアと並行しながら水素エンジンへのコンバートを実施。

 エンジンは1.6リッターDOHC16バルブの 「4A-GE」をベースにインジェクターやプラグ、燃料タンク&供給システムを水素エンジン用に変更。

 この辺りはS耐に参戦する水素カローラと同じですが、最大の違いは燃料噴射の部分で、水素カローラは直噴ですがAE86 H2コンセプトの4A-GEはベースと同じポート噴射を採用しています。

 実は筆者は2022年S耐の取材時にGRパワートレイン開発部の小川輝氏に「水素エンジンは直噴でなければ実現は難しいのでしょうか?」と質問をすると、「直噴だと水素エンジン最大の課題である異常燃焼を防ぎやすくなります。ただ、我々はポート噴射の開発も諦めてはいません」と意味深な発言をしていました。

 筆者はこのときに「既存エンジンの水素コンバートも検討中なのかしら?」と勘ぐりましたが、その予想はズバリ的中。

 ただ、こんなに現物を見ることができるとは、GRのアジャイルな動きには正直驚きしかありません。

 MIRAI用を流用した燃料タンク(2本)はカーボン製のキャリアで覆われラゲッジルームのスペースに上手に収納されています。

 ただし、水素タンクは法律で「車室外」に取り付ける必要があるためフロアの一部が加工されており、室内と燃料タンクは遮断されています。

 水素の充填口はAE86の燃料給油口と同じ場所にレイアウト、給油蓋の裏には車載容器総括証票や「水素に限る」ステッカーやコーションが貼られています。

 さらにリアハッチの裏には車載容器一覧証票、リアウィンドウ右下には燃料の種類を示すステッカー(水素)が貼られるなど、細部までこだわっていました。

 ちなみに水素エンジンへのコンバートによる重量増は+55kgで、車両重量は1トンを切る995kgに抑えられた。開発コンセプトの一つ「AE86の軽さを活かす」はかなり高レベルで実現できたといえるでしょう。

ある意味新型「AE86」だ! 「愛車を守るカーボンニュートラル」をコンセプトに開発された「AE86 H2 Concept」と「AE86 BEV」

 続いて「AE86 BEVコンセプト」です。

 開発はコーポレートで電動化をけん引するレクサスインターナショナルが担当、H2コンセプトと同じくベース車のレストアと並行しながら電気自動車へのコンバートを実施。

 パワートレインはベース車の4A-GEからモーターに変更されています。

 ちなみに搭載するにあたりマウント類の加工をおこなっていますが、それ以外はノーマルから変更はないそうです。

 モーターはタンドラi-FOURCE(1モーターのパラレルハイブリッド)を流用した物です。

 モーター単体での出力は未公表ですが、ガソリン車とi-FORCE MAXの出力差を比べると49ps/140Nm。制御はAE86専用なので、実際の出力はもう少し高いのではないかと推測しています。

 さらに驚きなのは6速MT(GR86用を流用)を組み合わせていることでしょう。

 一般的に電気自動車にはトランスミッションは不要ですが、あえて装着しています。

 これは電動化しても「コモディディにしない」という挑戦のひとつだといいます。

 ちなみにエンストはしませんが、通常のMTと同じようにクラッチ操作をしないとシフトは入らないそうです。

 バッテリーは先代プリウスPHV用のリチウムイオンで容量は8.8kWhで航続距離は30kmから50kmの間でしょう。

 とはいえ、AE86のコンパクトな車体に搭載するとリアシートとラゲッジを覆うサイズ。

 そのため、リアシートは取り外され2シーター仕様となっています。

 ちなみにレビンBEVコンセプトのみロールバーが装着されています。

 筆者は見た際「バッテリー搭載の重量増をカバーする補強なのか?」と勘ぐりましたが、開発者に聞くと「とくにそういうわけではなく、ベース車に装着されていたので、そのまま活かしました」とのことで、その緩さも面白い所です。

 原理主義者は「そんなバッテリー容量では使い物にならない」というでしょうが、開発陣は「AE86の良さである『軽さ』をできるだけ犠牲にすることなく電気自動車にするために、バッテリー容量は割り切っています」とキッパリ。

 ちなみに重量増は+70kgで、車両重量は1トンを僅かに超えますが1030kgと電気自動車にしてはかなり軽量に仕上がっています。

 ちなみに前後重量配分は51:49くらいとベース車よりも適正化されています。

 充電は普通充電のみとなっていますが充電口はAE86の燃料給油口と同じ場所にレイアウトされています。

 給油蓋の裏には「電気に限る」のステッカー、リアハッチの右下には燃料の種類を示すステッカー(電気)が貼られるなど、細部までこだわっています。

■え? 本当に走るの? ドリフト可能なAE86が凄い…

 ちなみにこの2台、単なる展示用のモデルではなく実際に走行が可能です。

 筆者は富士スピードウェイ・ショートコースでその模様を特別に見ることができました。ドライバーは佐々木雅弘選手が担当でした。

「愛車を守るカーボンニュートラル」をコンセプトに開発された「AE86 BEV」

 AE86 H2コンセプトは出力がまだ出せない状態で、走行はコースを流して走る程度ですが、軽快で粒が揃ったようなサウンドは綺麗にバランス取りされたガソリン車のような印象。

 ポート噴射で出力を出すのは難しいようですが、今のトヨタであればガソリン車同等(120ps/14.5kgm)を超えるのは時間の問題かなと。

 水素エンジンは過給機との相性がいいといいますが、できればNAエンジンのままで実現してほしいと願っています。

 AE86 BEVコンセプトはコースイン直後から元気に走行。トルクはガソリン車同等ですが、瞬発力の高さはガソリン車とは大違いで外から見ていても直感的に「速い!」と感じるレベル。

 ドリフト走行も楽々こなしていましたが、クルマの動きも電気自動車とは思えないほどキビキビしたものですが、無音なのにタイヤのスキール音だけが聞こえる状況は、ある意味不思議な感覚でした。

 現時点ではバッテリー容量が少ないので走れる時間は非常に少ないですが、バッテリーの革新が何とかしてくれるでしょう。

「愛車を守るカーボンニュートラル」をコンセプトに開発された「AE86 H2 Concept」

 現時点でどちらのAE86も完璧な物ではありませんが、このクルマを出した意義は「古いクルマも決して見捨てない」というトヨタの決意表明だと解釈しています。

 そして、トヨタの「カーボンニュートラルは全方位で進める」のピースがまたひとつ埋まりました。

 もちろん、既販車でカーボンニュートラルというと、カーボンニュートラル燃料が一番身近だと思いますが、あえて難しい課題から挑戦してみる、これも今のトヨタの凄い所かもしれません

※ ※ ※

 クルマ好きのなかには「カーボンニュートラルといっても、自分とは関係ないし」と思っている人も多いかもしれません。

 しかしカーボンニュートラルのために、これまで大事にしてきた「愛車」に乗れなくなってしまったらどうするのか。

 そんな状況にしないためにも、クルマ好きもカーボンニュートラルを自分事としてもっと考えてほしいなと考えます。

 そんなキッカケとなる原単位となるクルマが、この2台のAE86なのです。

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