トヨタは新型「クラウン」シリーズのなかで、未発売の「スポーツ」「セダン」「エステート」についての追加情報を発表しました。そのなかでも、多くのユーザーを驚かせたのが「クラウンセダン」にのみ、燃料電池車(FCEV)が設定されていることです。
■思うように普及しないFCEV、なぜ新型クラウンセダンに採用?
2023年4月12日、2023年秋に発売される予定のトヨタ「クラウンセダン」に燃料電池車(FCEV)が設定されることが明らかにされました。
国内におけるFCEVの普及状況は決して好調とは言えないなかで、なぜFCEVが設定されることになったのでしょうか。
2014年、トヨタは世界初の量産型FCEVである「ミライ」を発表し、新たな電動化の可能性を示しました。
しかし、そこからおよそ10年が経過した現在、FCEVはまだ十分に普及しているとは言えない状況です。
2023年4月現在、日本国内で購入可能なFCEVはトヨタ「ミライ」とヒュンダイ「ネッソ」の2モデルのみであり、世界を見ても電気自動車(BEV)ほど多くの選択肢はありません。
燃料電池(Fuel Cell)によって発電された電気で走行するFCEVは、電気自動車(BEV)のように外部からの充電を必要としない一方で、ガソリンを給油するように水素を充填する必要があります。
一方、日本国内における水素ステーションの数は、2023年1月時点で163か所にとどまっており、ガソリンスタンドには遠く及びません。また、そのほとんどが大都市圏に偏っています。
日本政府では水素ステーションの充実に向けて補助金などの支援策を行なってはいるものの、事業者側のビジネスメリットが薄い現状では設置が思うように進んでいないのが実情です。
それでも、日本は現時点で世界で最も水素ステーションが充実している国のひとつです。
にもかかわらず、ミライの直近の月間販売台数は50台以下と低迷しており、当初の想定をはるかに下回っています。
ただ、これはミライの商品力に課題があるというよりも、市場そのものが小さいことがおもな要因と考えられます。
このような現状のなかでは、新型クラウンセダンにあえてFCEVをラインナップする必然性が見えにくいのが正直なところです。
■FCEVに力を注ぐ中国、新型クラウンセダンはその波に乗れるか?
では、なぜトヨタは新型クラウンセダンにFCEVを設定したのでしょうか。その理由のひとつは、日本国内ではなく中国にあるようです。
政府主導の強力な後押しもありすでに世界最大のBEV市場となっている中国ですが、2022年末をもって補助金政策が終了したことなどもあり、最近ではやや落ち着きを見せています。
一方、中国政府は「水素エネルギー産業発展中長期規画(2021年から2035年)」を2022年3月に発表しており、そのなかで今後各産業における水素エネルギーの利用を積極的に推進していくことを明らかにしています。
具体的には、「2025年までに北京や上海、広東省といった主要地域で実証実験を行うこと」、「2030年までに水素エネルギー産業技術のイノベーションシステムを完成させること」、「2035年までに各分野で多様な水素エネルギー応用のエコシステムを構築すること」などが盛り込まれています。
FCEVに関しては、2025年までに保有台数を現在のおよそ5倍となる5万台にまで引き上げるとしています。
この大半はトラックやバスなどの商用車が占めると見られますが、保有台数の増加にともなって水素ステーションも充実していくことが予想されるため、乗用車にとっても追い風になることは間違いありません。
また、日系自動車メーカーのシェアが高い広東省では、2025年までに省内のFCEV保有台数を1万台以上にする方針を打ち出しています。
これらに加えて、中国ではいまなおセダンの人気が根強いことや、需要の高まっている「ショーファーカー」という特徴を持つ新型クラウンセダンにFCEVを設定する合理性も見えてきます。
いずれにせよ、新型クラウンセダンの販売の中心はFCEVではなくHEVになることは確実です。
ただ、中国におけるFCEV市場は今後加速度的に成長していくと見られており、2030年には保有台数が200万台程度になるという予測もあります。
そうなったとき、中国でいちはやくFCEVを販売していたトヨタが有利に立つ可能性は決して少なくないと思われます。
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なお、新型クラウンセダンは2023年4月に開催された上海モーターショーにも出展されています。
全長5030mm×全幅1890mm×全高1470mmという堂々たるボディサイズは、中国のトヨタにおけるセダンのフラッグシップとなる見込みです。