SUVブームが巻き起こる直前の1990年代、スズキはちょっと風変わりな「X-90」を発売しました。マニアの間では今なお話題を呼ぶ名車について振り返ります。
■アグレッシブすぎるデザインの珍車を振り返る
SUVがまだ「クロスカントリー車(クロカン)」と呼ばれていた1990年代に、スズキはちょっと不思議なモデル「X-90」を発売しました。どのようなクルマだったのでしょうか。
1995年に発売を開始したX-90は、同社のミドルクラスクロカンの初代「エスクード」をベースに開発。
エスクードの強固なラダーフレームに載るボディは、トランクを持つ3ボックススタイルの2シーターで、オープンカー感覚を楽しめる脱着可能な「Tバールーフ」付きという、当時のクロカンではありえないパッケージングを備えていました。
外観・内装には、楕円・局面を多用した親しみやすいデザインを採用しており、四角い印象の初代エスクードとは真逆の個性が与えられていたのも特徴です。
ボディサイズは全長3710mm×全幅1695mm×全高1550mm。
エスクードのショートボディと比べると、全長を140mm、全幅を60mm拡大していますが、それでもクーペを縮めて縦に伸ばしたような、ズングリとしたフォルムは愛嬌たっぷりでした。
それにしても、なぜこんなに奇抜なクロカンが出現したのでしょうか。
実はX-90は、1993年の東京モーターショーに参考出品されたコンセプトカーだったのです。
その後、欧米各地のショーに展示されたところ「これは面白い」と評判になり、市販化にゴーサイン。1995年9月の北米市場を皮切りに、翌月から日本、1996年4月からは欧州でも販売されました。
見る楽しさ、乗る楽しさ、運転する楽しさを追求したX-90は、1988年の初代エスクード、1990年代前半に登場したトヨタ 初代「RAV4」やダイハツ 初代「ロッキー」のように、街での走行に重きを置いた「都会派4WD」「ライトクロカン」という性格が与えられていました。
そのため内装デザインからはクロカンらしさは排除され、エアコン・パワーウィンドウなどの快適装備も標準装着。
最低地上高はエスクードの200mmより40mm低められており、舗装路面での快適性・操縦性が重視されていました。
とはいえ、本格的なクロカンであるエスクード譲りのトランスファー機構(副変速機)付き四輪駆動システムにより、(最低地上高160mmの許す限りにおいては)悪路走破もお手の物でした。
さらに驚きなのが、これほどに個性的なモデルを、136万円で買うことができたこと(1995年時点の新車販売価格)。
当時のエスクードの価格帯は150円台から220万円台だったので、思い切ったバーゲンプライスと言えます。
■「なぜこれを売ろうと思ったのか」というクルマだからこそ面白い
このように、スポーツカーのように2人しか乗れず、オープンカーのようにルーフは脱着式、そして本格的な四輪駆動車なのに最低地上高が低い……という個性的(奇抜ともいう)なモデルだったX-90。
現在の「クルマは実用性重視」という価値観からは、想像もつかないコンセプトを持ちます。
しかし、販売されていた当時も、やはりこのクルマを見て多くの人の頭上に「???」が浮かんでいたと思います。
筆者(遠藤イヅル)もまさにそうでした。2シータークーペとしてみるとユーティリティは優れていましたが、「四輪駆動車を買ったらギアを満載してアクティビティに出かけたい!」という「夢」を叶えることが難しいクルマだったのも事実です。
そのため「X-90」の販売は低迷。日本では1999年頃までに約1300台が売れたに留まりました。なお参考までに、メイン市場だった北米では約7000台が販売されたといいます。
現代では、売れる傾向に沿ったクルマばかりが発表され、「なぜこれを売ろうと思ったのか」と思わせるクルマはなかなか出現しません。
そのためX-90のように「チャレンジングなコンセプトのクルマ」は、とても面白く、魅力的に見えるのです。
そして今やSUVには様々なジャンルが登場していますが、都会派SUVはもはや当然で、クーペSUVもすっかり市民権を得ています。フルオープンのSUVなど、変わったクルマも存在します。
さすがに2シーターのSUVはなかなかお目にかかれませんが……。
そう考えると、クーペSUVとも言えたX-90のコンセプトは、時代のずっと先を走っていたのかもしれません。
スズキはエスクードで「シティクロカン」を、「ワゴンR」で「ハイト系ワゴン」の嚆矢(こうし)を生み出したメーカーでもあります。その先進性には驚かされるばかりです。