かつての自動車教習所の指導員といえば厳しい指導を行う通称「鬼教官」が多かった印象です。しかし、最近では優しく褒める指導を行う「仏教官」が増えているといいますが、なぜなのでしょうか。
■「鬼教官」もいまは昔…いまは「優しい指導員」が主流に?
「鬼教官」のイメージも強い自動車教習所の指導員ですが、近年では「優しい指導員」が増えているといいます。
その背景には、自動車教習所を取り巻く大きな問題が深く関係しているようです。
運転免許は、各都道府県にある運転免許試験場で、適性検査および筆記試験、そして実技試験をクリアすることで取得することができます。
ただ、公安委員会が指定する自動車教習所(指定自動車教習所)を卒業すれば実技試験が免除されるため、普通自動車免許を取得するほぼ全員が指定自動車教習所に通うと言われています。
警察庁が発表した「2022年度運転免許統計」によれば、日本における運転免許の保有者数は8184万549人に及ぶことから、かなりの数の人が教習所に通った経験があることになります。
そんな教習所の思い出を聞くと、世代によって若干の違いがあることがわかります。
たとえば、昭和や平成初期の時代に教習所に通った世代は、比較的厳しい指導を受けた印象が強いと言いますが、その一方で、最近になって教習所に通った世代にそういった印象はあまりないようです。
1980年代に運転免許を取得した男性からは「当時は棒で殴られるといった行為や人格否定などはそれなりにあったのを記憶しています」と言います。
2000年頃に運転免許を取得した女性からは「厳しい言動をする教官は実際にいました。また生徒の態度が気に食わないと露骨に嫌な態度を取る教官がいたのを覚えています」と話しています。
一方で2022年に運転免許を取得した男性は、「教習所の指導員は、なんとなく『鬼教官』のイメージがありましたが、実際には非常に優しく『褒めて伸ばす』という指導方針を感じました」と話しています。
教習の課程や合格基準も公安委員会によって厳格に定められているため、指導員の性格や時代の流れによって合否判定に差が出るようなことはあってはなりません。
また、教習所の指導員は国家資格である「指定自動車教習所指導員」に加えて、学科や技能を指導できる「教習指導員」と、修了検定や卒業検定なども実施できる「技能検定員」という各都道府県の公安委員会が実施する試験に合格する必要があります。
指導員もひとりの人間であるため、個々人の性格や教習生との相性などによって厳しい指導のように見える場合もあるかもしれませんが、上で述べたように、基本的には指導員の個性が反映されにくい仕組みとなっています。
にもかかわらず、教習所の指導員が「優しくなった」と感じるユーザーが多くなったのには、教習所を取り巻くある大きな事情が関係しているようです。
■減少する教習生が「優しい指導員」を増やした?
全日本指定自動車教習所協会連合会によれば、全国の指定教習所の数は2022年末時点で1240所とされています。
これらの教習所のほとんどは民間の企業によって経営されており、その運営資金の大部分は教習生が支払う教習料金によってまかなわれています。
当然、運転免許取得者が増えれば増えるほど教習所の経営はうるおうわけですが、前述のとおり、すでに多くの人が運転免許を保有している現状があります。
また、少子化が進む日本では、今後運転免許を取得しようとする人は年々少なくなることが予測されています。
実際、指定教習所の卒業生は大きく減少しています。
1991年のピーク時には261万2961人いた卒業生が、2022年には103万2911人と半分以下にまで落ち込んでいます。
また、指定教習所の数自体もピーク時の1992年の1477所から200所以上も減少。
その結果、現在では運転免許取得希望者を教習所が奪い合う構図となっています。
そうなると、各教習所はサービスを強化するなどして新規の教習生の確保に努めることになります。
指導員が厳しい指導を避けるようになったのも、そうした流れのなかにあると考えられます。つまり、「指導員が優しい」というのがひとつの付加価値となっているというわけです。
逆に言えば、多くの教習所に教習生があふれていた時代は、そうした付加価値を与える必要がなかったため、厳しい指導を行なっているように見える指導員が多かったと考えられます。
もちろん、教習所を取り巻くこうした事情に加えて、ハラスメントに対する理解が社会全体で進んだことや、インターネットやSNSの発達によって悪評が広まりやすくなったということも、優しい指導員が増えた理由のひとつと言えそうです。
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適切に「ほめる」ことが勉強や仕事の効率を高めることはよく知られており、それは運転免許の教習にも当てはまるようです。
実際に、「ほめる教習」を実践したある教習所では卒業生の事故率が減少したと言います。
一方、時に凶器ともなりうるクルマを走らせるということは、相応の責任と技術が問われることは言うまでもありません。
優しい指導員が増えたとはいえ、各教習の合格基準自体が甘くなったわけではありません。これから教習を受けるユーザーは、その点に注意しましょう。