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昔は大きかった「車のバンパー」! 巨大化したのはアメリカの影響大!? 無骨な「5マイルバンパー」とは

くるまのニュース 2023年7月3日 22時10分

前後からの衝撃を守ってくれるクルマの「バンパー」ですが、近年すっかり車体のデザインと一体化しています。しかしかつては「5マイルバンパー」と呼ばれる巨大なものが付いていた時代がありましたが、その5マイルバンパーとは何だったのでしょうか。

■1972年の法改正で誕生した巨大な「5マイルバンパー」

 最近の流麗なデザインのクルマでは、すっかり存在感が薄くなったバンパー。しかし1970年代のアメリカ車や、一部の国産車・欧州車には、見るからに頑丈そうなバンパーが装着されていました。
 
 当時、なぜあれほど大きなバンパーが必要だったのでしょうか。

 衝突などの衝撃を和らげるために、クルマの前後に装着されるバンパーは、デザインの発展とともに、現在ではボディの一部に組み込まれたような形状となっており、もはやどこまでが車体で、どこまでがバンパーなのかわからないほどに進化しています。

 しかし、かつてのバンパーは「衝撃来るならドンと来い!」と言わんばかりの頑丈そうなカタチを持っていました。

 なかでも1970年代から1980年代にかけてはその傾向が強く、特にアメリカ車のバンパーは、車体の大きさに負けないほどの存在感を放っていました。

 昔のアメリカの映画で、劇中を走り回る現地のアメリカ車の前後に、巨大なメッキのバンパーが付いているのを見たことがある人も多いことでしょう。

 しかも、その時代の国産車や欧州車にも、クルマ本体のデザインやサイズにそぐわない、大きなバンパーを備えていたクルマがありました。

 ではなぜ当時は、そのようなバンパーが必要だったのでしょうか。

 その答えが、「5マイルバンパー」です。

 5マイルバンパーとは、読んで字のごとく時速5マイル(=時速8km/h)以下で単独衝突した際に、バンパーが衝撃を吸収するだけでなく、復元も求められたバンパーのこと。

 1972年秋に改正されたアメリカの連邦自動車安全基準(Federal Motor Vehicle Safety Standard=FMVSS)により、それ以降にアメリカ(北米)で販売されるクルマには、このバンパーの装着が義務化されました。

 衝突しても、車体の灯火類・ラジエター・給油装置・排気装置などに機能的な損傷させない性能が必須とされた5マイルバンパーは、要件を満たすため頑強で巨大となり、クルマのデザインを損なうことに。

 バンパー自体が重かっただけでなく、車体との間に衝撃を吸収する油圧ダンパーをも備えていた5マイルバンパーは、車重の増加という弊害も生み出しました。

 ではなぜ5マイルバンパーが義務化されたのでしょうか。

 アメリカでは1960年代から1970年代初頭にかけ、ボディと調和したバンパーのデザインが普及したことにより、壁やポール、電柱、他車などへの低速度域での軽い衝突で、バンパーを傷つけるクルマが多くなりました。

 その修理には保険が使われたために、保険会社の保険金支払い額が増加。その結果、5マイルバンパーの導入が決まったといいます。

 しかしその「効果」は確かにあったようで、その後の調査研究では、バンパー関連の保険金請求額が大幅に下がったことが報告されています。

 とはいえ、5マイルバンパーを持つクルマの見た目は、明らかに無骨でした。

■往年のアメリカらしさあふれる巨大パンパーがむしろ「新鮮」に映る

「連邦自動車安全基準第 215号(FMVSS 215)」では、アメリカで販売されるすべての車種がこの基準を満たす必要があったため、アメリカ車やアメリカへの輸入車にかかわらず、5マイルバンパーを装着しないといけませんでした。

 そのため、当時からアメリカ市場でも人気が高かった日本車や欧州車にも、5マイルバンパーが無理やり標準装備でビルトインされることに。1970年代前半の日本車は、水平基調というよりは抑揚があるデザインだったために、5マイルバンパーの後付け感は大きくなりました。

この無骨さがむしろ「新鮮」!? 写真の「Sクラス」をはじめ、1970年代のメルセデス・ベンツも巨大なバンパーに。規格品の丸いヘッドライトとともに、北米仕様独自の表情を作っていました

 一方でこれを逆手に取り、5マイルバンパーを日本国内向けモデルに取り付けたクルマも多くありましたが、その多くは衝撃吸収ダンパーなどを備えておらず、あくまでも「外観だけが5マイルバンパー」でした。

 また、フォルクスワーゲンやBMW、メルセデス・ベンツといった西ドイツ(当時)製の輸入車では、洗練されたデザインを損なうほどにバンパーの突出が目立ちました。

 さらにMG、ロータス、マセラティ、ランボルギーニなどのスポーツカーにおいても、例外なく重く大きいバンパーを装備する必要がありました。

 しかも当時、同時に行われていた厳しい排気ガス対策によるパワーダウンも相まって、北米向けのクルマは大きくパフォーマンスを落とすことになったのです。

 しかしすべてのクルマが無骨な5マイルバンパーを持っていたわけではなく、例えばGMのポンティアック「ファイアーバード」やシボレー「コルベット」などは、ボディ形状に即したバンパーが与えられていました。

 そのほかポルシェ「911」に装備した5マイルバンパーは、むしろ911のデザイン近代化に貢献しました。

 このように、クルマの外観や性能に大きな影響を与えた5マイルバンパーですが、1982年5月に、バンパーの基準が改正されて試験速度が時速5マイルから2.5マイル(=時速4km/h)に緩和。クルマのデザインは自由度が増し、価格や重量も軽減されました。

 とはいえ、その後もしばらくは大きなバンパーの装着は続き、日本車でも、北米仕様では前後に伸ばされたバンパーを備えていました。

 面白い例としては、7代目マツダ「ファミリア」のセダンが、北米向け大型バンパーの姿(北米名:「プロテジェ」)のまま、「サプリーム」というグレードで国内販売されていたり、続く8代目「ファミリア」でも、それをベースにした教習車が、日本の教習車の全長基準4.4mを満たすために、全長を稼げる北米向けバンパーを採用していました。

 北米では、現在でも時速2.5マイルというバンパー基準は存在するものの、かつてのように「いかにもアメリカ向け」というデザインはすっかり姿を消し、保険金が高額な一部のスーパースポーツカーなどを除いて、世界共通の外観に統一されつつあります。

 無骨な5マイルバンパー時代のクルマは「美しくない」という意見が多いですが、逆にその独特の姿が「いかにもアメリカ車」「取ってつけたようなバンパーの面白さ」でもあり、そのスタイルを好むファンもいまだにいます。

 それもまた、クルマの持つ多様な趣味性を示す興味深いポイントといえます。

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