トヨタがジャパンモビリティショー2023で世界初公開したコンセプトスポーツカー新型「FT-Se」のデザインにはどのような意図があるのでしょうか。同車のデザインしたトヨタGAZOO Racing Company GRデザイングループ主幹の飯田秀明氏に聞いてみました。
■トヨタ新型「FT-Se」のデザインに込められた思いとは
ジャパンモビリティショー2023が大盛況のうちに閉幕しました。見に行った、あるいは写真や動画で楽しんだ方々も多くいらっしゃることでしょう。
今回のショーでは各メーカーから様々な提案が行われたのはご承知の通り。その中でもトヨタから発表されたBEV(バッテリーEV)のトヨタ新型「FT-Se」は次世代スポーツカーの提案として注目を集めたので、担当したデザイナーに直接話を聞いてみました。
このモデルはほかに出展されたレクサス新型「LF-ZC」、トヨタ新型「FT-3e」のプラットフォームを共有したものです。その最大の理由は、今回トヨタが発表した低ハイトかつ航走距離は1000km、充電時間は20分とされた新開発バッテリーにあります。
つまり、現在搭載されているバッテリーと同じサイズであれば、ここまで可能ですというもの。特に低ハイトはデザイン性に大きく影響します。
具体的には通常ですと、どうしても床に敷き詰めたバッテリーの影響で、シートポジションは高くなり、その結果全高も高くなってしまいますので、車高が高く分厚いボディのSUVが最適になっていました。
しかし、このバッテリーを使うことでシートポジションが下げられますので、どのようなボディタイプも可能となり、デザインの制約が大幅に緩和されるのです。
そこで、スポーツカー、セダン、SUVとしてこんなデザインも出来ますよという提案がされたのです。この中でセダンのLF-ZCは2026年に発売されるとのことでした。
■新しいスポーツカーの提案
新型FT-Seについて、同車のデザインしたトヨタGAZOO Racing Company GRデザイングループ主幹の飯田秀明氏にお話を伺ってみました。
Q:このクルマをどういう思いでデザインしましたか。
飯田氏:いかにスポーツカーとして低く作るかがこのカテゴリーでは大事なんですね。そこをお客様が感じてパッと見てもらえる意匠にしたかったのがひとつ。
もうひとつは四駆のBEVを想定してコンセプトモデルを作っていますので、エンジンがないことによって生まれる新しいフォルム、ボンネットが低くてフェンダーがそれよりも高い位置にある……つまりカウルよりもベルトラインよりもタイヤが高い位置にあるというのは四駆BEVならではですし、運転してもライントレース性も良いでしょう。
また意匠的にもパワーを表現できたと思っています。
Q:まずはどう格好良く見せるかにこだわろうと思ったんですね。
飯田氏:全くその通りです。スポーツカーは格好良くて速くないとお客さんに乗ってもらえませんし、買ってもらえません。ですからそこが一番重要なポイントです。
それをいかに電気の時代に、新開発の低床バッテリーを使って新しく見せるか。ロングホイールベースもそうですし、ショートオーバーハングもそうですし、電気になったことでの新しいスポーツカーが提案できたと思っています。
■まだまだある!デザインのこだわりポイント
Q:電気になったことで内燃機関では出来なかったデザインとはどういうところでしょう。
飯田氏:内燃機関の場合は、その象徴であるパワーを強調するためにロングフード、ショートデッキでスポーツカーの持っている性能を表現していましたが、このモデルはエンジンがなくてモーターですから、そのモーターをいかに強調して、お客様にパッと見た時に感じてもらうか、そこが一番大きな違いです。
Q:そうするといままでの場合では前にエンジンがありましたから、どうしてもキャビンスペースが後ろに行きがちになりますよね。そのキャビンを前に移動させつつ、かつスポーツカーとして見せているということでしょうか。
飯田氏:まず人がホイールベースの中心にいるというのは非常に大事です。キャビンスペースを前に出したかったというのは、そういう意匠的という意味よりも、性能面として、前後重量配分のバランスをいかにとるかというところでした。
もちろんデザイン的には難しいですよね。パッと見てFFのクルマとそう変わらないプロポーションになってしまっては意味がない。
ですので、カウルを低くしてベルトラインも低くすることで、フェンダーがバーッと強調して見えるということが一番差別化できるかなと思ってデザインしました。
ただし、サイドビューでいうとそうなんですが、結局クルマはサイドビューで見ることは少なくて、抜き去っていった時とかは当然フェンダーとかが見えてくる。
そこでこのモデルは2人乗りなのですが、キャビンの後ろ側を絞ることで、そのぶんフェンダーが張り出して見せるという、普通のセダンやMPVでは絶対に実現できないことをやっています。このキャビンのコンパクトさと、上から見たときのキャビンの絞り方が、今までのものよりもさらに大切に作っています。
結果としてこの強大なグリップを生むタイヤを包み込むフェンダーというのが生まれてきているんです。
Q:そういえばリアフェンダーに隠しコマンドがあるそうですね。
飯田氏:バッテリーとモーターが熱くなったら冷やすために、インテークがセンシングして開くことを想定して仕込んでいます。
Q:いまご説明いただいたリアフェンダー周りは本当に特徴的ですね。
飯田氏:古典的なスポーツカーは、曲面や大らかな面でできていることが多いんです。しかしこのモデルは新世代のBEVなので、そういう古典的な要素はあまり入れたくありませんでした。
とはいえ、パワーは示したいので、そのパワーを感じる立体とは何かと考えていったんですね。
そうするとやはり折り紙みたいなパキッとした面よりは、古典的な大らかな面の方が人間はパワーを感じるものです。
ではそれをどうやって新しいテイストと混ぜるかについては悩みました。
そこでリアフェンダー手前から曲面を盛り上げていって、それを延長していくと非常に大きな立体になるんですが、そこの上面部分でスパッと切ってあげたような造形にすることで、パワーを感じさせながら、パッと見は非常にフレッシュで新しい印象のスポーツカーと印象づけられたかなと思っています。
Q:そうして思いきりホイールを四隅に張り出させたんですね。
飯田氏:はい、バッテリーサイズがありますので、結果的にロングホイールベース、ショートオーバーハングになっていきました。無駄に大きなクルマは作りたくないですし、2座のスポーツカーなので、できるだけコンパクトに作りながら、電池分だけタイヤがググっと前後にも出たということです。
■インテリアは見晴らし重視
Q:インテリアについても教えてください。
飯田氏:やはり新しいBEVとして、パッと見た時の雰囲気は非常に大事なので、それは当然やっているんですが、一番はサーキットやスポーツ走行する時に見晴らしがいいことを重視しました。
エンジンがないことによって生まれる良好な視界がありますが、このモデルは最たるもので、非常にスッキリとしたベルトラインからカウルまで、本当に視界が良いことが挙げられます。そしてスポーツ走行時には横Gがありますので、それをサポートするためのニーパッドを設けました。
そこに新規性のあるデザインを採用しています。全体としていかに上側をスッキリとさせて、下側をホールドするかというテーマがこのインテリアです。
またカーボンニュートラルの時代なので、素材にも気を配りました。
例えばニーパッドはモノマテリアルです。内装はレイヤーを重ねたような表皮が多いのですが、実はすごくリサイクルしにくいんですね。そこでモノマテリアルにしてリサイクル性を高めたインテリアを目指しました。
Q:それをステアリングの下のところとかドアのあたりに設けていると。
飯田氏:そうですね。グリップ性もあるので足が当たっても柔らかいです。いかにスポーツ走行に特化したものかというのは座るとわかっていただけると思います。
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お話を伺いながら感じたことは、FT-Seは単にBEVのスポーツカーを作ったらこうなるということだけではなく、次世代スポーツカーとして生きていくための苦悩でした。
多くのスポーツカーが持っている古典的な美しさを次世代につなげつつ、同時に、新世代のBEVだからこそ出来るデザインをどうスポーツカーとして感じさせるかです。それを見事に両立させたのがこのFT-Seなのです。