首都高「横浜北西線」は将来、横浜青葉JCTからさらに西側へ延伸するかもしれません。いったいどうなるのでしょうか。
■壮大な道路計画 その実態は
首都高「横浜北西線」が2020年3月に開通して、はや5年が経とうとしています。
大黒線・横浜北線の延長線として、貴重な「湾岸線~横羽線~第三京浜~東名」という横軸が完成し便利になりました。しかし将来、さらに西側へ延伸するかもしれません。
いったいどうなるのでしょうか。
横浜北線・横浜北西線は、湾岸線・大黒線の生麦JCTから北西に伸び、新横浜駅、横浜港北JCTを経由し、東名の横浜青葉JCTまで到達します。
どちらも大部分がシールドトンネルで、起伏の多い横浜市街の地面下を一気に抜けていきます。
これまで横浜市の横軸移動は「保土ヶ谷バイパス」が一手に担っていて、異常な交通集中が大渋滞を引き起こしていました。
開通から2年後に首都高が発表した開通効果によると、横浜北西線の通行量は一日あたり約4.7万台に達しました。そのおかげで、保土ヶ谷バイパスの交通量は一日あたり約1.3万台の減少が見られ、混雑緩和に一定の効果が現れました。
さらに並行する一般道路の「横浜上麻生道路」も狭い道に交通集中して大渋滞となっていましたが、横浜北西線の開通で1割にあたり1万9千台の減少となっています。
ところで、この横浜北西線が東名からさらに先へ伸びていく構想が存在します。それは首都圏全体を巻き込む、壮大な「核都市広域幹線道路」という道路構想です。
核都市広域幹線道路というのは、外環道と圏央道の中間あたりをむすぶ「第三の広域環状道路」として構想されているものです。
そもそもは国の「首都圏整備計画」で「業務核都市」というのが位置付けられ、「自立性の高い地域の中心」「広域的な連携・交流の拠点として重点的な育成・整備により諸機能がバランス良く配置」された街として、横浜・町田・多摩・立川・所沢・さいたま・越谷・柏・千葉などが該当しています。
ちょうどのそのあたりは外環道も圏央道も遠いため、中間部に高規格道路をもう一本通そうというわけです。
具体化が最も進んでいるのは埼玉県で、首都高「埼玉新都市線」を終点のさいたま見沼ICからさらに東進し、東北道の浦和IC~岩槻ICあたりへ直結させる計画が進行中。これが核都市広域幹線道路に位置付けられています。さらに千葉県の先端部(野田市~印西市)で国道16号をバイパスする「千葉北西連絡道路」もこれの一環と考えられています。
ところで、神奈川県で核都市広域幹線道路の位置づけはどうなっているのでしょうか。
2021年の国土交通省 関東地方整備局の「新広域道路交通計画」に核都市広域幹線道路の記載は確かに存在します。それが、横浜青葉JCTあたりから伸びる「あいまいな矢印」です。
概略ルートが決まっておらず、その準備段階にすらない「構想路線」は、この「新広域~」において「グレーの丸の並び」でおおよその構想ルートが描かれています。
しかし核都市広域幹線道路はそれすら無く、「なんとなくこっちの方向に伸びるんだろうな」レベルの矢印が、たったひとつポツンと地図上に置かれているだけです。
その矢印は横浜青葉JCTから北西を向き、新百合ヶ丘を経由するような方向です。いっぽう東京都では立川市街から聖蹟桜ヶ丘の方向へ矢印がのびており、将来的な構想を暗示させる記載になっています。
実現すれば、湾岸線から新横浜、東名、さらには中央道、果ては新大宮バイパスや東北道、北千葉道路まで、まるごとつなぐ環状網が誕生することとなります。
なお、横浜市は2006年の「横浜業務核都市基本構想」で「核都市広域幹線道路等の幹線道路の整備促進」を図るとしています。さらに市議会の記録をさかのぼれば、横浜北線は明確に「核都市~」の一環に位置付けられていたことが分かります。
気になる現状ですが、2025年までを見据えた神奈川県の道路計画「かながわの道づくり計画」における「10年後期待される効果及び計画の具体化が望まれる自動車専用道路」には、何の記載もありません。
神奈川県や横浜市、川崎市の議会でもまったく議論されていないなど、地元では機運ゼロ、ほぼ「夢物語」となっているのが現状です。
そもそも、「外環道と圏央道の中間」といいながら、神奈川県内ではその外環道も圏央道も実現していません。圏央道は藤沢~釜利谷が建設中で、外環道に至っては東名~湾岸の概略ルートすら全く決まっていない状況です。
ほかにも新東名の新秦野~新御殿場の開通もまだで、神奈川県として「優先順位待ち」の構想路線が数多く積み上がっている現実があります。核都市広域幹線道路の具体化については、埼玉や千葉に比べて、相当あとになりそうな気配です。