ホンダ新型「CR-V e:FCEV」が発売されました。ガソリンではなく、水素または電気で走ることができる画期的なシステムを搭載した新型車ですが、乗り味はどうなのでしょうか。
■ホンダのFCEV最新作「CR-V e:FCEV」
水素を燃料とするクルマはFCEV(水素燃料電池車)とHICEV(水素を直接燃やす内燃エンジン車)に分かれます。
どちらもトヨタのイメージが強いですが、実は水素の未来に夢を託している自動車メーカーは他にたくさんあります。そのひとつがホンダです。
2021年、ホンダの三部 敏宏社長は4輪の電動化戦略で「ZEVの販売比率を2040年にグローバルで100%を目指す」と宣言しました。ただ、ここで言っているZEV(Zero Emission Vehicle:排出ガスを一切出さないクルマ)とは、BEV(電気自動車)だけでなくFCEVも含まれています。
ちなみにホンダのFCEV開発は1990年代から行なわれ、1998年に初代「オデッセイ」をベースにしたプロトタイプを開発しました。
その4年後の2002年に「FCX」を日米両国でリース販売をスタートし、2008年には世界初の量産FC専用設計車として一般販売を前提に開発された「FCXクラリティ」をリース発売。
さらに2016年に同一プラットフォームでPHEV/BEVも用意される世界初のモデルとして「クラリティ FUEL CELL」をリース発売しています。
ただ、これらのモデルは量産と言っても「実証実験+α」のレベルなのも事実で、「一般ユーザーの手に渡ったのか?」と言われると、トヨタのFCEV「ミライ」とは状況は異なります。
そんなことから「やはりホンダはBEV(バッテリーEV)なのね」と言われてしまいがちですが、そんなホンダのFCEV最新作となるのが、新型「CR-V e:FCEV」です。
このモデルは日本未発売の6代目「CR-V」がベースとなっています。これは専用設計ではなく既販モデルをベースにすることによるコスト低減効果はもちろんですが、「セダンよりも人気のSUVをベースしたほうが普及のハードルは下がる」と言ったようなマーケティング要素も大きいと筆者(山本シンヤ)は分析しています。
今回、そんなモデルを北海道のホンダテストコース「鷹栖プルーピンググラウンド」でいち早く試乗をしてきました。
エクステリアはキープコンセプトながらもワイルドな印象が強まった6代目CR-Vに対して、新型CR-V e:FCEVは専用フロントマスク、クラッディングの同色化、クリアレンズ(リア)の採用したことで「より都会的」「より知的」な印象を受けます。
ただ、ボディカラーは「ホワイトパール」と「グレーメタリック」の2色のみ、タイヤ&ホイール18インチのみと、SUVなのにワクワク感が少なく、どこか事務的に感じてしまうディテールは少々残念な部分です。
インテリアはベース車と変わらない水平基調のクリーンなインパネ周りですが、触感や質感にこだわった加飾に加えて環境車らしくバイオ素材を用いたシート表皮などが採用されています。
こちらもエクステリア同様に少々事務的。せっかくのFCEVなのですから、せめてメーターくらいは“未来”を感じさせる意匠を与えるべきだったと思います。
居住性は前/後席共にベース車と変わりませんが、ラゲッジルームは水素タンクを搭載する関係で段差が生じているため、フレキシブルボードを活用した2段構造に変更されています。
絶対的な積載量はベース車より減少していますが、リアルな使い勝手は逆に向上しています。
■ガソリン不要! 水素と電気のどちらでも走れる!
パワートレインは新開発となる「e:FCEV」を搭載します。最大の特徴は、日常域ではEV(航続距離約61km)として、中・長距離はFCEV(航続距離600km超)としてマルチに活用できるモデルであることでしょう。
FCEVは水素インフラが少ないことが普及のための課題となっていますが、e:FCEVは電気のインフラも活用できるので、そのハードルはグッと下がります。
そのシステムはGMと共同開発された新世代FCスタック(コンパクト化/コスト3分の1、耐久性2倍)、PDU一体型モーター&ギアボックス、水素タンク(リアシート下/リアタイヤ上部に2本)、そして床下に搭載される17.4kW/hのバッテリーで構成されています。
モーター出力は177ps/310Nmとスペックを見ると平凡ですが、発進からリミッターが効く160km/hまで加速力が衰えない“伸び”のある加速を見せます。
この辺りは電動車らしい解りやすい加速(=レスポンス上等、モリモリトルク)とはちょっと違って、ある意味「内燃車っぽい」特性といえそうです。
バッテリー残量が多い時はEV走行ですが、そこからFCEV走行への切り替えは、電力の供給が異なるだけなためか、メーターに表示されるコーション以外はわかりません。
ドライブモード「スポーツ」を選択すると、レスポンス向上や加速の鋭さが増しますが、それに加えてエンジン音のような疑似サウンドがプラスされます。
この音は賛否が出そうですが、環境対応車でも「ホンダらしさは忘れない」と言う意味ではアリだと思いました。
シャシはグローバルで様々なパワートレインを搭載するCR-Vの強みを活かし、前半はPHEV用、後半HEV用を上手に組み合わせながら、キモとなるフロントバルクヘッドやリアフロアパネル(水素タンク)などを専用設計。
水素タンクは安全性も大事なので強固な設計が功を奏し、リア周りの接地点剛性は10%、ねじり剛性は9%向上しています。
サスペンションも専用セットアップで、リアスプリング/スタビライザーが高レート化されています。タイヤは235/60R18サイズのハンコック「KINERGY GT」を装着しています。
フットワークを一言で言うと、穏やかなのにダルくはない乗り味で、上級SUVらしい「落ち着き」と、ホンダのSUVらしい「スポーティ」をバランス良く両立した大人なセットアップが印象的。
乗っていて「どこか似ているかも!?」と感じたモデルは、「アコード」以上「オデッセイ」未満のキャラクターだった「アヴァンシア」の「ヌーベルバーグ」でした。
ドイツのニュル周辺のカントリー路を想定した幅が狭く凹凸の厳しい「EU路」では、一発で舵が決まる正確性、SUVを感じさせないロール遅れの無い一体感ある旋回フィール、しなやかな足の動きで路面を離さない接地性の高さなどから、「君はスポーティセダンか!?」と感じた一方で、ハイスピードコーナーがある高速周回路ではドライバーのラフな操作をクルマ側で吸収、外乱に左右されないドシっと構えた安定感の高さから、「君はプレミアムサルーンか!?」と感じる走りを実現。
つまり、ステージによって印象が異なる変幻自在なフットワークを電子制御に頼ることなく実現しています。
この辺りはバッテリー搭載による低重心化やFCEV化による前後重量配分の適正化、さらにはボディ骨格の強化などさまざまな要因がバランスされた結果だと思いますが、乗っている限りはFCEVであることは完全に忘れ、「いいクロスオーバーに乗っているな」と言う記憶が残りました。
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個人的には、新型CR-V e:FCEVは、今FCEVに求めるモノが全て盛り込まれているモデルだと感じました。
価格は809万4000円と高価ですが、国からの購入補助金は255万円を引くと554万4000円。さらに自治体の補助金を加えるとさらに下がるので、そうなると途端に現実的になりそうな予感もします。
ただ、ひとつ苦言を呈するなら、売り方が下手だと言わざるを得ないことでしょう。
新型CR-V e:FCEVはこれまでのモデルと同じように、まずは「官公庁狙い」のビジネスを行なおうとしています。それだとセダンではなくわざわざSUVをベースにした意味が全く出てきません。
もちろん災害時に電源インフラになると言ったような特徴もわかるのですが、それよりも「アウトドアと電源」と言ったようなパーソナルな使い方の提案をしていく努力をもっとすべきだと考えています。
そのためには、まずはSUVらしい部分を強調させるようなアクセサリーなども用意すべきでしょう。ここはホンダアクセス・モデューロの出番です。
FCEVは現状だと全ての人におススメはできないものの、BEVと同じように近くにインフラ(=水素ステーション)がある人ならば、今まで以上に選ぶ価値がある1台だと思っています。