2024年9月12日、ホンダは「シビック」をマイナーチェンジするとともに、6速MTのスポーティグレード「RS(アールエス)」を追加しました。どのような仕上がりなのか、モータージャーナリストのまるも亜希子氏がレポートします。
■メインターゲットは「MT大好きオジサン」にあらず!?
ホンダは2024年9月12日、「シビック」をマイナーチェンジし、新たにスポーティグレード「RS(アールエス)」を追加しました。
いまでは珍しい「6速MT」のみの設定で、一見するといかにも硬派そうな仕様ですが、実際はそうではないといいます。どのようなクルマなのでしょうか。
シートに身を滑り込ませて、ドアを閉めたところで目の前に真紅の「RS」の文字が現れます。
これだけで思わず心が躍り出すのは、「待ってました!」という気持ちや「はやく走り出したい!」という気持ちにぽっと火をつけてくれるからでしょうか。
本格スポーツの「TYPE R」よりも少し身近で、日常でも気軽に乗れるようなMT車として、現行シビックに追加で登場したシビックRS。
これまでもガソリンエンジンのシビックにはMTがラインアップしていましたが、当初の予想よりもMTモデルの販売比率が高いことから、「それならば、もっと走りの気持ちよさを追求したMTモデルがあったらいいんじゃないか」ということで、このRSの登場につながったといいます。
試乗して開発者に話を聞くまでは、初代RSから親しんできた50代以上のミドル世代がターゲットなのかと思っていましたが、どうもそれだけではない様子。
というのも、RSの開発チームに若い世代が多く「自分たちと同じように若い世代に選んでもらえるMTを作ろう」という気持ちが大きかったそう。
開発の裏テーマとして、「MT免許の普及率をあげていこうぜ!」という気概を持って取り組んできたというから、往年の“元気なHonda”を感じさせてくれて嬉しくなる人も多いのではないでしょうか。
なるべく乗りやすくて楽しくて、ちょっとそこまでの買い物や通勤にも毎日乗りたくなるクルマを目指して開発されたRS。毎日乗るならハードすぎない方がいいという方向性は内外装にも表れており、変更はさりげなくスポーティな印象です。
フロントマスクを正面から見ると、ヘッドランプのインナーがブラックになっていたり、空気の流れを連想させるブレードバンパーの形状がややシャープになっていたり、サイドから見るとよりエッジの効いた造形になっていることがわかります。
ホイールもデザインは変わらずブラック一色に。テールランプもクリアブラックが入っており、前後の「RS」バッジがピリリと効いた、大人っぽいスポーティさがクールなデザインとなっています。
ただ中身は、細かなところまで作り込んでいることがわかります。
エンジンは1.5リッターガソリンVTECターボで型式としては同じながら、シングルマス軽量フライホイールに変えて軽量化することで、吹け上がりを良くして、アクセルを踏んだとおりの反応と回転落ちのよさを実現。
TYPE Rや北米で販売するセダン「Si」と同じレブマッチシフテムを採用し、誰でもスパッと思い通りに決まるシフトフィールを手に入れています。
サスペンションやステアリング、ブレーキもRS専用のセッティングということです。
■シフト操作するだけで「楽しい!」「気持ちイイ!」
前置きが長くなりましたが、そんな新型シビック RSで都内を試乗してきました。
エンジンスタートと同時に響く音は、控えめながらも耳さわりが心地良く、足裏に感じるカチッとした剛性感や、手のひらで包むようなホンダらしいシフトレバーが気分を高めます。
駐車場から車道へ出るまでの超低速でも、ギクシャクすることなくリラックスして運転できるところにまず、「なるべく乗りやすく楽しく」というRSの素性が感じられます。
そして少しずつ速度を上げていくと、踏めば軽やかに吹け上がり、抜けばストンと落ちてくれるメリハリのあるエンジンと、適度な反力がクルマとの対話をしている気分にさせてくれるステアリングフィール。
コクッ、コクッと上質感をともなって操作するシフトも面白く、信号待ちからの再発進さえ楽しみになるほど。
街中ではこれ以上ステアリングが重かったり、アクセルのレスポンスが鋭くなったりすると、確かにちょっと気を遣ったり疲れてきたりしそうだなと、RSのちょうどよさを実感しました。
具体的な数値としては、軽量フライホイールの採用で重量が現行比でマイナス23%、慣性モーメントがマイナス30%となり、エンジン回転降下レスポンスが50%アップ、回転上昇レスポンスが30%アップしています。
高速道路では、従来からの「NORMAL」「ECON(エコ)」にRSから「SPORT」と「INDIVIDUAL」が加わったドライブモード。そこでSPORTを試してみました。
シフトレバーの隣りにあるトグルスイッチで切り替えると、メーター内が赤くなり、アクセル踏み込みに対する応答性がアップ。ステアリングの重さも変わります。
カーブや合流からの再加速などでみせる、スカッとダイレクトな走りがとても楽しく、もっと走り続けたくなるほどでした。
欲を言えば、もう少し音が派手になるなど、盛り上げる演出があって「変わった感」が強くなってもいいかなと思いました。
しかし開発者によれば、このエンジンの素の音が気持ちよかったので、なるべくそのまま聴かせてあげたかったとのこと。
確かに日常メインで乗るなら、このくらいがちょうど良いかもしれません。
■サラリと乗れるのにしっかり「スポーツ」できる!
そしてエンジンやステアリングだけでなく、足まわりの味わい深さもシビックRSの大きな魅力。
高性能タイヤでごまかさず、路面からの入力をある程度はしっかりとドライバーに伝えながら、追従性と接地感を自分でコントロールする余白が残されている、この楽しさ。
思わず「これこれ、これだよ」とニヤリとしながら運転していました。
聞けばこのセッティングを出すために、1990年代初めに登場して一世を風靡したEG型シビックで使われていた「SPVバルブ」を、サプライヤーさんがすでに生産終了していたにもかかわらず頼み込んで再生産してもらってまで入手したというではないですか。
そのバルブを使うことでショックの油圧のシリンダー径を大きくすることができ、セッティングの幅が広がるのだとか。
そのため、もしかすると当時のEG型シビックに乗っていた人がこのRSに乗ると、どこか懐かしく感じる乗り味になっている気がしました。
そのほか、ブレーキを15インチから16インチに大径化し、熱容量が14%アップしたことで現行モデルに対し温度上昇を約10%低減。ブレーキ踏力の設定を最適化して、剛性感やフィーリングを向上させています。
今回の試乗コースではそれほど強いブレーキングを必要とするシーンはなかったものの、普段の運転でも踏み始めから思ったとおりの感覚で減速してくれる印象。安心感があるブレーキフィールでした。
さらに後席でも試乗してみると、確かにやや引き締まった乗り心地で、高速道路の継ぎ目などではドス、ドス、といった振動が伝わります。
でも全体的に収まりが良く、ボディの剛性感が高いので横揺れや不快な突き上げなどはなく、これなら家族でも使えるクルマだと感じます。
それでいて、だんだんとドライビングスキルが上がってきたら、ひとつ上のレベルの走りもできるポテンシャルを持っており、「TYPE Rへの登竜門」的な役割も果たしてくれるのではないでしょうか。
ハードすぎず、サラリと乗れるのにしっかりスポーツできる新型シビック RSは、現代の空気に合った「汗臭くないスポーツモデル」の代表選手だと思います。