スズキは2024年11月4日、同車のBEV世界戦略第一弾となる「eビターラ」を発表しました。この際に鈴木俊宏社長はジムニーEVの発売について否定的な見方を示したというのです。
■「ジムニーEV」の計画は白紙? 驚くべきニュースとは
スズキの新しい世界戦略車として、華々しいデビューを飾ったBEV第1弾「eビターラ」。
同社が2013年に発表したBEVの世界戦略計画がいよいよスタートしたわけですが、一方で驚くべきニュースも飛び込んできました。
ミラノで行われたeビターラの発表会において、鈴木俊宏社長はジムニーEVの発売について否定的な見方を示したというのです。
これは欧州の複数メディアに語ったもので「ジムニーをEV化すると、もっともいい部分を台無しにするだろう」というのです。
そもそもジムニーEV化については、メディアや市場の予想で出たきた話ではありません。
同社が行った2030年までのEV世界戦略の発表会にて、将来欧州に投入されるEV6台のうちの1台として、シルエット化されたジムニーが描かれていたのです。
世界のメディアはこれを信じて記事などにしてきたわけですから、今回の鈴木社長のコメントはまさに青天の霹靂ともいうべきもの。
なぜ、ここにきてジムニーEV計画が白紙になったのかを検証したいと思います。
さて、ジムニーは日本だけでなく、欧州やアジア、南米の各地で人気のあるクロスカントリー4WDです。
小型ながら、伝統的かつ本格的なラダーフレーム構造とリジッドアクスル式サスペンションを歴代モデルで受け継ぎ、優れた悪路走破性と高い耐久性を備えている唯一無二のクルマなのです。
海外で販売されている「ジムニー(日本名ジムニーシエラ)」の車重は、わずか約1t。
鈴木社長が言及している通り、実はジムニーの特徴はこの軽量さとコンパクトさにあると言っても過言ではありません。
一般ユーザーには、レジャーユースのクルマとして捉えられがちですが、実は日本をはじめとする各国では、ジムニーはプロユースとしての需要が非常に高いクルマです。
例えば主要輸出国のひとつであるドイツでは、同国の主要産業である林業で重宝されています。
ジムニーに設定されているキネティックイエローは、こうした現場で視認されやすいカラーとして考えられました。
日本でも、山岳地帯、降雪地帯などの工事現場ではジムニーが使われていることが多く、筆者も地形改良工事の南アルプス山中で、日頃では見たこともないほどたくさんのジムニーが働いている姿を目撃しています。
プロユースで使われる大きな要因は、道幅が狭いという条件でも臆することなく入ることができ、いざとなれば転回もできます。
くわえて、車重が軽いゆえに重量車では重くて埋まってしまうような路面状態でも、ジムニーなら走れることが多いのです。
実際、オフロードコースなどを走ってみると、トヨタ「ランドクルーザー」ではクリアできなかったようなステージを、ジムニーが難なくクリアしてしまうということが珍しくありません。
クロスカントリー4WDにとって、“小さい”“軽い”は性能的に有利な条件なのです。
EV化すれば、駆動用電池を新たに積載するために、どうしても重量増の傾向にあります。
つまり、せっかく1t(5ドアでも1.2t)で済んでいる車重を重くすれば、せっかくの悪路走破性が削がれてしまうというわけです。
■ジムニーをEV化するには…別の課題も? それはなに?
さらにジムニーをEV化するには、別な難点もあると筆者は考えます。それはメカニズムです。
まずeビターラは、駆動モーターとインバーターを一体化した「イーアクスル」という車軸を使っています。FFはフロントに1本、4WDでは前後に2本配置しています。
一方、ジムニーは鋼鉄製のアクスルというケースの中に、車軸とディファンレンシャルギアを内包。これが前後に2本配され、さらにこれをプロペラシャフトで結んでいます。
クロスカントリー4WDが悪路走破性を発揮するのは、左右のタイヤがアクスルで繋がっているためで、一方のタイヤが凸で持ち上がると、猛一方のタイヤは凹の路面にタイヤを押しつけます。
これでタイヤのトラクション性能がより発揮されるという仕組みです。
仮にリジッドアクスル式でイーアクスルを造った場合、不可能ではないと思いますが、耐久性などの面で不安が出てくるのではないでしょうか。
またオフロードでは舗装路とは違う予期せぬタイヤの回転や負荷があります。こうした動きが電動モーターに与える影響も未知数です。
さらに、現在サブトランスファーで実現しているローレンジの駆動力を、果たして2モーターで実現可能なのかという疑問もあります。
サブトランスファーは2WD(FR)と4WDの切り替えを行うだけでなく、「4WD H」「4WD L」という4WD時のギア比の変更も行うことを担っています。
2WDや4WD Hでは、エンジンの力:1を駆動力:1(ATの場合は約1.3)としてディファレンシャルギアに伝えます。
しかし、4WD Lにシフトするとエンジンの力:1を駆動力:2.002(ATの場合は約2.643)としてディファレンシャルギア(最終減速比はMTが4.090、ATは4.300)に伝えるのです。
つまり同じエンジンの力でも、サブトランスファーのギア比を変えることで、より大きな駆動力に変えることができるわけです。
これはオフロードでは非常に重要であり、例えばフル乗車満載の状態で走っても力不足と感じることはありません。
さらに、岩など大きな段差を乗り越える時には大きな駆動力が必要になりますが、ローレンジにすれば1.5L(ジムニーは660cc)という排気量以上のパフォーマンスを発揮してくれるわけです。
かつて動画サイトで、大雪の中を自分の何倍もの大きさのトレーラーをジムニーが牽引する様子が話題になりました。
これはまさに、サブトランスファーの恩恵をよく表したものと言えるでしょう。
こうしたジムニーの性能こそが、世界のプロフェッショナルに愛される由縁なわけですが、EV化してしまうと担保できないという結論にスズキは達したというのが筆者の見方です。
すでにこの夏、欧州向けとしてのジムニーの生産を終了すると発表されています。
これはより厳格化される環境規制に対して、ジムニーが十分に対応できないためだと思われます。
かつてスズキが計画の中で発表したeジムニーは、この規制への対応策だったわけですが、白紙状態に戻ったわけです。
ちなみに鈴木社長は前述のインタビューの中で、「ジムニーをプロフェッショナル向けの道具として提供し続けるとすれば、eフューエルやバイオ燃料を使用したICE(内燃機関)技術がジムニーの未来を支え続ける技術かもしれない」と語っています。
スズキの未来的なICE技術開発がどこまで進んでいるかは分かりませんが、数年内に欧州で新しいジムニーが登場するというのは難しくなったと言えます。
日本でも660cc版ジムニーの環境性能がギリギリだという話は数年前から出ており、今後の対応が業界やユーザーから注目されていました。
まだ規制がそれほど進んでいないアジアや南米を除いて、先進国でのジムニーの立ち位置は一大転機を迎えたと言えます。
2025年夏には日本で5ドアモデルが導入されるかもしれないという情報もあるジムニーですが、シリーズの今後の成り行きに注目したいところです。