「アルピーヌA290」は、そんなアルピーヌの最新市販車。「ルノー5」をベースに仕立てたホットハッチで、同ブランドとしては初のEV(電気自動車)です。
■ルノー「5(サンク)」をベースに仕立てたホットハッチ「アルピーヌA290」
「アルピーヌA290」というクルマをご存じでしょうか。
アルピーヌは、ルノー傘下にあるスポーツカーブランド。モータースポーツに興味を持つ人なら、F1やWEC(世界耐久選手権)など世界の頂点に立つカテゴリーをはじめとするモータースポーツを舞台で戦っていることをご存じでしょう。
市販車としては、2シーターミッドシップスポーツの「A110」など独自のスポーツカーも販売しています。
アルピーヌ自体は1955年にルノー車をベースとした競技車両やチューニングカーを制作する工房として設立され、ラリーで大活躍して注目された初代A110などオリジナルカーも制作しました。
その後ルノーの傘下となったものの、1990年代後半になると“アルピーヌ”としての活動を休止。ルノーのスポーツブランドである「ルノー・スポール(R.S.)」として「メガーヌR.S.」や「ルーテシアR.S.」などのホットハッチを送り出し、日本でも多くの好事家に受け入れられました。
何を隠そうそれら「R.S.シリーズ」の日本における販売はグローバルで3位を争う状態。日本でもクルマ好きの間ではよく知られているブランドです。
しかし、2010年代に入って“新生アルピーヌ”としてリスタートし2017年に現行型の「A110」をリリース。2021年にはルノー・スポールを吸収し、ルノーのスポーツブランドとして新しいスタートを切りました。
A290は、そんなアルピーヌの最新市販車。「ルノー5」をベースに仕立てたホットハッチで、同ブランドとしては初のEV(電気自動車)です。
車体は全長3990mm×全幅1820mmと短くて、かなりワイド。広い全幅は言うまでもなくトレッド(左右輪の間隔)を広げてコーナリング性能を高めるためで、まるでブリスターフェンダーの上にオーバーフェンダーを装着したかのようなフェンダーの造形が印象的です。
個性的なヘッドライトやデイライトの「X」模様は、かつてのラリー車がライトに施していたテーピングからのインスピレーションというのも面白いところです。
前輪を駆動するモーターは最高出力180ps/最大トルク285Nmのベーシック仕様と220ps/300Nmの高出力仕様の2タイプがあり、1.5トン(欧州仕様値)を切る車両重量には十分すぎるほどのスペック。0-100km/h加速はベーシックタイプが7.4秒、高出力タイプが6.4秒とかなりの俊足で、52kWhのバッテリーにより航続距離(欧州WLTPモード)の航続距離は最長380kmとなっています。
2025年初めから本国フランスをはじめとする欧州販売がはじまり、同年後半から右ハンドルモデルを生産開始。同社の日本法人は「日本導入検討中」としていますが、2026年初め頃には日本上陸する可能性が高そうです。
筆者は、欧州でおこなわれた報道関係者向けの試乗会に参加し、高速道路から峠道、そしてサーキットで実際にA290に試乗してきました。今回は、「ライバルと比べてどうなのか?」についてお伝えしましょう。
■それでA290は「ライバルと比べてどうなのか?」
EVのホットハッチと言えば「アバルト500e」や「ミニクーパーSE」でしょう。
スペックは、アバルト500eが全長3675mm×全幅1685mmのボディに最高出力155ps/最大トルク235Nmのモーターを搭載。ミニクーパーSEは全長3860mm×全幅1755mmで218ps/330Nmのモーターを組み合わせます。
こうして並べてみるとアバルト500eはAセグメントに属するだけあって本当に小さいし、比べるとミニは意外に大きい。そして
A290はミニクーパーよりもさらに一回り大きく、狭い場所での扱いやすさでは負けるものの、後席や荷室の広さといった実用性では確実にリードしています。
リアドアも備える5ドアだから、アバルト500eやミニクーパーSEでは厳しいファミリーユースもこなせるのがアドバンテージです。
気になる走りはどうでしょう。
アバルト500eで感じるのはアバルトファン、つまり「サソリ(アバルトのアイコン)に毒されちゃった人」の人のために伝統を盛り込んで作られたクルマだということ。
たとえば音の演出。本来ならばEVなので排気音などしないのですが、わざわざ車外にスピーカーをつけて疑似的な排気音を聴かせているのです。
音は、「レコードモンツァ」と呼ばれるアバルトの定番マフラーの排気音を模したもの。しかもかなりの大音量(オフにもできる)でビックリ。
インテリアの仕立ても、たとえばダッシュボードのメーターパネルの形状はアナログ風で「EVだから先進的に」というよりも「これまでのアバルトから乗り換えても違和感なく」と考えられているのが伝わってきます。
走りはキビキビ。過剰なほどにシャープでクイックに向きを変える一方、乗り心地も突き上げ感多めのじゃじゃ馬的。EVになっても、リトルダイナマイト的な刺激は忘れていません。かなり尖ったキャラクターです。
個性を強調してこれまでのアバルトオーナーを振り返らせ満足させる、ファンのためのクルマと言ってもいいでしょう。
いっぽうのミニクーパーSEは、ひとことでいえば新しさとゲーム的な遊び心の演出を詰め込んだアトラクション。クルマ好き向けというよりは「ミニに乗る」というライフスタイルをイメージさせるクルマです。
モーターは3台のうち最もパワフルで加速は鋭く、車体やサスペンションもしっかり作られているので走りはかなりレベルが高い。アバルト500eほどの過激さはないけれどしっかりスポーティです。そこは本格派です。
ただ、実際に運転して感じるのはスポーティ感よりも「新しさ」とか「演出」。「ゴーカード」モードにしてアクセルを踏み込んだときに流れる、ワープするかのような電子音はまるで「マリオカート」でもプレイしているかのようなゲーム感覚で新しさを実感。排気音を忠実に再現したアバルト500eとはまるで対照的なのです。
それはインテリアも同様で、ダッシュボードに添えたメーター兼センターディスプレイはまさかの円盤型で常識外れ。アバルト500eがクラシカルなのに対し、ミニクーパーSEはまるで対照的なモダンさです。
そんな2台と比べての、アルピーヌA290のイメージはピュア。運転に対するコーチング機能といったZ世代向けと思われるまるでゲームのような機能やエンジンを模しただけではない疑似的なサウンドもあり、それはミニの感覚にも近いといえるでしょう。
でも、MINIと大きく違うのは走りで勝負している感じがひしひしと伝わってくること。
ハンドリングでいえばアバルト500eのように極端にキビキビさせる味付けではなく、また「メガーヌR.S.」や「ルーテシアR.S.」のようにグイグイ曲がる感じでもなく、スッと自然に曲がるナチュラルな感覚が特徴。MINIのようにクイックさを過剰に園主するようなクセはありません。素直で自然なのです。
刺激的というよりは心地よさを感じるもので、マニアではなく多くの人を狙ったものでしょう。運転好きなら「なんか楽しい」、そうではない人も「妙に気持ちいい」と感じるのではないでしょうか。
もちろん、サーキットでもしっかり楽しむことができ、深く回り込んだコーナーをハイスピードで曲がっても外側に張り出さないライントレース性の高さが印象的でした。
加速も同様で、高性能EVにありがちなアクセルを踏み込むと急激にトルクが立ち上がってドカン!と加速するタイプではなく、自然に伸びていくガソリンエンジン車に近い感覚にセッティングされています。
これならガソリン車から乗り換えても、違和感なくなじめることでしょう。また、このパワーの出し方の味付けはアクセル操作でコーナリングラインを調整するような運転テクニックにも貢献しています。
アバルト500eほど強い走りのキャラクターではなく、ミニクーパーSEほど先進過ぎない。もっと万人向けで「ちょうどいい絶妙なニュートラル感」がA290のキャラクターと言えるでしょう。
■A290のキャラクターはどんな人との相性がいい?
ではA290はどんな人との相性がいいのでしょうか。
航続距離は380km(欧州WLTPモード値)あるものの、東京起点で考えると箱根往復でギリギリ、軽井沢往復も厳しいという状況なのでやはりセカンドカーとしての所有がベターでしょう。
1台はハイブリッドもしくはガソリン/ディーゼルのクルマがあり、街乗り中心とした近距離用のコンパクトで扱いやすくスポーティなクルマとして持つのがいいと思います。
そう考えているからこそアルピーヌは、ルーテシアR.S.やメガーヌR.S.のようにサーキットを前提とした熱血体育会系のマニアックな味付けとせずに、程よくスポーティな仕立てにとどめたのでしょう。
日常で乗りやすく、気軽にスポーティさを感じられるコンパクトカー。
アルピーヌA290はそんなスニーカーのような存在だと市場を通じて感じました。
「せっかくのアルピーヌなんだからもっと尖ったクルマが欲しい」
もしかするとそう感じるファンもいるかもしれません。
そんな人に向けては「A110後継モデル」なども今後の発売に向けて鋭意開発中であることもお伝えしておきましょう。
今後のアルピーヌは「ハードなスポーツモデル」と「激しすぎずスポーティにまとめた気軽なモデル」の2つの方向性でラインナップを増やしていくようです。