トヨタは「AE86型カローラレビン」をEV化した「AE86 BEVコンセプト」を開発ししています。2024年10月から12月までは一般ユーザーにもレンタカーとして貸し出されていますが、どのようなクルマなのでしょうか。自動車研究家の山本シンヤ氏が試乗しました。
■なぜ「AE86」をバッテリーEVにした?
2023年1月開催の「東京オートサロン」でトヨタは、「クルマ好きを誰一人置いていかない」を共通テーマに様々な展示を実施。
その中の「愛車を守るカーボンニュートラル」をコンセプトにした2台の「AE86型カローラレビン/スプリンタートレノ」を展示しましたが、その一台である「AE86 BEVコンセプト」に試乗することができました。
トヨタは「カーボンニュートラル実現に対して全力で取り組む」と語っていますが、「正解が解らないからこそ、選択肢の幅を広げる事が大事」と一貫してマルチソリューションを唱えています。
つまり、国や地域によってエネルギー事情は異なるため、パワートレインにも適材適所があるということです。
筆者(自動車研究家 山本シンヤ)もその考えを全面的に支持していますが、短期間で全てのクルマを置き換えることは不可能です。となると「今、乗っているクルマはそのままでいいのか」と言う疑問が出て来るでしょう。
その疑問にトヨタは「古いから仕方ない」ではなく、そのようなクルマのカーボンニュートラル化もシッカリと考えており、このモデルはその一つの提案です。
車両の開発はコーポレートで電動化をけん引するレクサス インターナショナルが担当。
ベース車であるカローラレビン「GTアペックス(後期型)」のレストアと並行しながらBEVコンバート(バッテリーEV仕様への換装)が行なわれています。
パワートレインはベース車の1.6リッター直列4気筒DOHC「4A-GE(4A-G)」型からモーターに変更。ちなみに搭載するにあたりマウント類の加工を行なっていますが、それ以外はノーマルから変更はないそうです。
モーターは北米で展開しているピックアップトラック「タンドラ」に採用の「i-FOURCE MAX(1モーターのパラレルハイブリッドモデル)」用で出力は95kW/150Nmとオリジナルの4A-G(96kW/150Nm)とほぼ同等のスペックに調整されています(上げる事は簡単だそうです)。
バッテリーは発表当初、先代「プリウスPHV」用のリチウムイオン(容量8.8kWh)でしたが、現在はレクサス「NX450h+」用にアップデート(18.1kWh)。航続距離は90km前後だといいます。
“原理主義者”なら「そんなバッテリー容量では使い物にならない」というかもしれませんが、開発陣は「AE86の『軽さ』をできるだけ犠牲にすることなく電気自動車にするために、バッテリー容量は割り切りました」とキッパリ。
このバッテリーは通常は床下に搭載されますが、AE86はそれができないためリアシート〜ラゲッジ間に搭載(そのため2シーター仕様)。
充電口(普通)はベース車の給油口の位置に上手にレイアウトされています。
これだけなら普通のBEVコンバートですが、このクルマ最大の特徴は「GR86」用を流用した6速MTを組み合わせている事でしょう。
一般的に電気自動車にはトランスミッションは不要ですが、あえての装着。これは電動化しても「コモディティ(日用品、道具といった意味)にしない」という挑戦の一つです。
もちろんBEVなのでエンストはしませんが、通常のMTと同じようにクラッチ操作をしないとシフトは入りません。
エクステリアはフロントリップスポイラー(前期用)/サイドステップに加え、程よくローダウンされたサスペンション、幅広リムのワタナベ製アルミホイールに195/60R14のブリヂストン「ポテンザRE71RS」など、当時のAE86定番カスタマイズが行なわれています。
リアスポイラーレスなのは部品の欠品ではなく、担当者の好みだそうです。
こだわりはエンブレム関係で、レビンの「LEVIN」は“EV”のみ緑色、「TWINCAM 16」から「NONCAN 0」、そして給油リッドの「無鉛ガソリンに限る」のステッカーは「電気に限る」、リアハッチの右下の燃料の種類を示すステッカーは「無鉛ガソリン」から「電気」に変更と、思わずニヤッとしてしまう演出です。
インテリアは灰皿部のモニターの追加とシフト位置の変更(トランスミッションがベースと異なるため)以外はベース車と同じですが、ナルディのステアリングやブリッドのバケットシート(しかもCarbon Neutralの刺繍が入った専用品)などカスタマイズが行なわれています。
ちなみにロールバーの装着や、フロアが鉄板むき出し&助手席フットレスト装着など少しだけ“スパルタンな仕様”となっています。
筆者は「バッテリー搭載の重量増をカバーする補強なのか」と勘ぐりました開発者に聞くと「ベース車に装着されていたので、そのまま活かしました」ということでした。
■もはや「BEVに乗っていることを忘れる」仕上がり! どんな印象?
今回の試乗は都内の一般道です。「えっ!?」と思われる方もいるでしょうが、改造車検を通しナンバーを取得しています。
ギアを1速に入れ発進します。クラッチミートの容易さに「4A-Gなのに下のトルクあるな」と。そこからアクセルをグッと踏み込むと反応の良さに「アクセルワイヤーをピンと張ってるねぇ」と感心。
さらに、雑味の無いサウンドや段付きのない回転フィールに「この4A-G、バランス取りが入念に取りされているよね」。そのまま回すと「レッドゾーンまでタレることなくストレスなく伸びるな」と驚き。
そして、コーナー前でシフトダウンする際にヒール&トゥで回転を合わせると「最新のクルマと違い回転落ちも速いし、アクセルレスポンスも速いので、合わせるのが楽」と思わずニンマリ。
「BEVなのに何を言っているの?」と思うでしょうが、乗っていると本当にこんな感じなのです。
正直BEVに乗っていることを忘れ、思わず「いいエンジンだね」と思ってしまうようなアナログなドライビングが可能です。
この辺りは制御により電動車らしいわかりやすい加速(レスポンスの鋭さ・低速からの強大なトルク発生)ではなく、ある意味「内燃エンジン車っぽい」特性への味付けに加えて、モーター回転数やアクセル開度に応じた「エンジンサウンド」をプラスしている事が大きいです。
この手のギミックは操作との連携がキモですが、AE86 BEV コンセプトのソレは完全に「だまされる」レベル。
クラッチ操作は基本的には動力伝達のON/OFFだけなのですが、本当に半クラッチをしているようなフィーリングになっています。つまり、上手に操作をすれば滑らかな発進が可能ですが、ラフに操作をすると「ガクガク」するクルマの動きまで再現されているのです。
ちなみにBEVだと実感するのは絶対にエンストしない事と、シフト操作をせず高いギアで固定した状態でも普通に走れてしまう事。さらに室内ではエンジンサウンドが聞こえますが、外では静かなBEVが走っているに過ぎないという事くらいです。
ハンドリングはBEVの重さを感じない身のこなしの軽さはもちろん、コーナリング時はむしろオリジナルのAE86よりも鼻先が軽く、回頭性の高さと安定した旋回が可能でした。
この辺りはバッテリー搭載で、オリジナルより約110kg重くなっているとはいえ、1070kgの軽量ボディとオリジナルの重量配分54:46に対し、48:52としたのも効いているはず。
乗り心地を語るクルマではありませんが、硬派な見た目とは裏腹にAE86であることを考えれば上出来なレベル。
路面の凹凸は確実に拾いますが、内臓をゆさぶるようなショックではないので、皆さんが想像しているよりは快適に仕上がっています。この辺りは最新のサスペンションも効いているのでしょう。
ただ、イニシャルの高いLSDが装着されているので、交差点を曲がるくらいでも「ガキガキ」しますが、これはドリフト走行まで想定しているためです。
実は以前、富士スピードウェイ・ショートコースで佐々木 雅弘選手のドリフト走行を見せてもらった事がありますが、クルマの動きはAE86そのもの。ただ、無音なのにタイヤのスキール音だけが聞こえる状況は、ある意味不思議な感覚でした。
デジタル技術で「アナログを極める」とこんなクルマに仕上がる、ホンキで遊ぶ/ホンキでふざけるとBEVもこんなに面白くなり、素直にこんなクルマもアリだと感じました。
もちろん一品物であることや、実用性を含めて現状では完璧なモノではありませんが、ここで培ったアイデアを今後のBEVに活かすことで、「クルマらならではのBEV」、「クルマ好きも納得のBEV」に繋がると信じています。
ただ、内容は異なりますが似たコンセプトでヒョンデ「IONIQ 5N」が登場している事を考えると、このまま夢物語で終わらせてはダメで、この“続き”も期待したいところです。
クルマ好きの中には「カーボンニュートラルと言っても、自分とは関係ない」と思っている人も多いでしょう。
しかしカーボンニュートラルのために、これまで大事にしてきた「愛車」に乗れなくなってしまったら……。
そんな状況にしないためにも、クルマ好きもカーボンニュートラルを自分事としてもっと考えてほしい。そんなキッカケや架け橋になり得るクルマだと思っています。
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ちなみに、サブスクでおなじみのKINTOが提供するコンテンツの1つである旧車コミュニティ「Vintage Club by KINTO」の企画では、このAE86 BEVに期間限定でレンタル試乗できる機会がこれまで2度用意され(現在は受付終了)、貴重な試乗チャンスが展開されました。