ポルシェは現在でこそセダンの「パナメーラ」や「タイカン」を販売していますが、まだスポーツモデルのみ販売していた30年以上前に、高級セダンの形を模索した斬新なモデルを披露していました。
■斬新な見た目も実は「964」がベース
スポーツカーメーカーながらもセダンの「パナメーラ」や「タイカン」を販売しているポルシェ。しかしポルシェがセダンを販売する前、ベルトーネがリアエンジンのセダンを提案していました。
2024年9月13日から15日にかけてイタリアで開催された「トリノオートショー(Salone Auto Torino)」では、このセダンが30年ぶりに姿を表しています。
カロッツェリア・ベルトーネと聞いて、ランボルギーニ「ミウラ」や「カウンタック」、フェラーリ「ディーノ308GT4」、ランチア「ストラトス」、フィアット「X1/9」などのスーパーカーやスポーツカーを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。
量産車でもアルファロメオ「ジュリアクーペ」、シトロエン「XM」など、数多くの名デザインを手がけています。
ところが、スポーツカーメーカーの雄であるポルシェがベルトーネと組んだ例は極めて少なく、デザインプレゼンテーション以外で公に発表されたモデルは、1966年のジュネーブショーに展示された「911ロードスター」と、1994年のトリノショーで発表されたGTセダン、「カリスマ」のみかと思われます。
そのひとつであるカリスマは、ベルトーネの2代目経営者であるヌッチオ・ベルトーネが発案したとされ、「フル4シーターセダンのポルシェ」として、発表時大いに注目を集めました。
4ドアの「パナメーラ」や「タイカン」、SUVの「カイエン」「マカン」などが販売されている現在では、快適で広い後部座席を持つポルシェは珍しい存在ではありません。
しかしそれ以前では、ポルシェがフル4シーターセダンを作ることは、まったくの驚きの出来事です。
とはいえポルシェ側も、BMWやメルセデス・ベンツ以上にスポーティな4ドア・フル4シータースポーツセダンの必要性を感じており、1988年には、フロントに新設計の水冷V8エンジンを載せた「989」の試作がスタートしました。
そんな989でしたが、開発に予想以上の費用がかかって予測販売価格が高騰。それでいて開発費を償却できないことが判明し、試作車1台を作ったのみでプロジェクトは中止されてしまった経緯があります。
その直後に設計が始まったカリスマは、989がFR(後輪駆動)だったのに対し、ポルシェのアイデンティティといえるRR(リアエンジン・リアドライブ)を採用しつつ、大人が4人乗れるポルシェを実現しました。
ちなみにポルシェ自身も、989の前に「356」のホイールベースを伸ばして4シーターとした「530型」や、911(901型)の4ドア版など、RRの4シーターモデルを幾度か開発したことはありましたが、いずれも市販には至りませんでした。
つまり、当のポルシェが諦めるほどにRR の4人乗りポルシェは開発が困難だったことがうかがえます。
カリスマの製作にあたり、中古で購入した911(964型)「カレラ2」がベースに選ばれました。
964型は、1964年に登場した初代911(901型)のアップデートモデル。911としては「930型」に次ぐ3代目にあたります。
なめらかな形状のフロント・リアバンパーなどで近代的な外観を得ただけでなく、4輪駆動の「カレラ4」の設定や、「ティプトロニック」と称するオートマチック・トランスミッションの搭載など、数多くの新機軸を打ち出したモデルです。
フル4シーターセダンを目指したカリスマでは、964のホイールベースを53cm伸ばしてリアに広い居住スペースを与えていました。一方、オーバーハングを削減したことで、全長は964比で約23cmの延長にとどめています。
ポルシェといえばなだらかに傾斜するルーフや、横長のテールライトが特徴。
一方でカリスマでは、立ち気味のリアピラー、大きなキャビン、明確でフラットなノッチを持つリアスタイル、リアウインドウ内に仕込まれた縦型テールライト、灯火類を持たないリアエンドなど、一般的に連想されるポルシェとは大きく異なるディティールが施されていました。
しかし下部が湾曲したリアウインドウや、水平対向エンジンが収まっていることを視覚的に表現したリアのフラット部分など、各部の意匠はとても凝っていました。
ベルトーネにとってカリスマは、911のデザインの再構築や新提案するためのコンセプトカーではありません。
ドアは上に跳ね上がるガルウィング式。前後一体で開閉しましたが、これは、後部にエンジンを載せたベルトーネの4シーターコンセプトカー「マルツァル」との共通性を感じさせます。
インテリアは実に豪華な印象。シワが入った柔らかな風合いの本革で覆われたシートは、4座とも体を大きく包み込むような卵型で、こちらもポルシェらしさは感じられません。
しかしドライバー正面に並ぶ、911と同じ5連メーターを埋め込んだダッシュボードからは、まごうことなきポルシェの血筋が漂っています。
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ベルトーネがポルシェのコンポーネンツを用いて試作した高級セダンのプロポーサル、カリスマ。
市販はされず、現在に至るまでポルシェもこのコンセプトをトレースしていませんが、フル4シーターセダンのひとつの理想形として、パナメーラの開発に影響を与えたのかもしれません。