レクサスのコンパクトSUV「LBX」に追加されたハイパフォーマンスバージョンの「MORIZO RR」。小さな高級車でスポーツカーというその成り立ちを、ちょっと懐かしい視点を交えて探ります。
■小さな高級車として成功した「LBX」
2024年7月、レクサスは同ブランドの最小SUVである「LBX」に、「MORIZO RR」というスポーツグレードを追加。大きな話題を呼んでいます。
実のところ、「レクサスのSUVのスポーツグレードね。ふぅーん」とスルーしてしまう人もいるかもしれないと思うのですが、LBX MORIZO RRは、いろいろな意味でいまの時代を象徴した、大いに注目すべきモデルといえます。
LBXはいわゆるBセグメントに属するクロスオーバーSUV。トヨタ「ヤリスクロス」「ヤリス」「アクア」「シエンタ」などと同じ「GA-Bプラットフォーム」を用いて開発されており、事実上のヤリスクロスの兄弟車です。
しかしレクサスブランドで販売されるため、車体は完全に専用のもの。
さらにボディ剛性・乗り心地の良さ・パワートレーンの性能向上が図られているほか、静粛性・高級な内装などを備えており、レクサス各車に匹敵する上質さが与えられています。Bセグメントといえば小型車。つまりLBXは「小さな高級車」ということになります。
この小さな高級車は古くからあります。
「オースチン1100」をベースに、ロールスロイスの内装を仕立てていたほどの名コーチビルダー・バンデンプラ社がウッドと本革を贅沢に使った内装を作り上げた「プリンセス」。
ルノーでは大衆車の「5(サンク)」に本革シートを奢った「バカラ」。フィアットの小型車とプラットフォームを共用しつつ、オリジナルボディと人工皮革のアルカンターラなどでシックな内外装に仕立てたランチア「イプシロン」。
そして近年ではシトロエンの高級サブブランドDSが作った「DS3」などがあげられます。
レクサスのクールで高級なブランドイメージ、売れ筋のコンパクトSUVというジャンル、マッチョなボディから発散される快活さ、上質な内装はたしかに魅力的で、乗りやすいボディサイズや買いやすい価格感もあってLBXはレクサスで一番売れる車種となりました。
また「内装だけ高級」な高級車ではないことも、その理由に加えることができるでしょう。
車体の大きさが車格のヒエラルキーを左右しがちだった日本の自動車市場では、小さな高級車は売れにくい傾向にありました。
かつてトヨタも、「コロナ」クラスで「クラウン」やそれ以上の高級車を追求した「プログレ」、日産では「サニー」をベースに上位車種「ローレル」の意匠を盛り込んだ「ローレルスピリット」、マツダも「ベリーサ」を販売するなどいくつもの小さな高級車が生まれましたが、その多くはヒットしませんでした。
そう考えると、LBXは日本市場では成り立ちが難しい「小さな高級車」として成功したモデルと言えます。
なおLBXの「B」はブレークスルーを意味しますが、まさに新しい価値観を生み出しているのです。
なおレクサスの主戦場・北米ではLBXの車体は小さすぎることから、日本・欧州向けの車種となっています。
■ホットすぎる「RR」はもはや別物か
そのLBXに追加されたMORIZO RRの“MORIZO”とは、トヨタ自動車会長、兼トヨタとレクサスのマスタードライバー、さらにレーシングドライバーとしてもかなりの腕前を持つ、自称「ひとりのクルマ好きのおじさん」こと豊田 章男氏のサーキットネーム。
RRは、章男氏がオーナーを務める“ルーキーレーシング”の略です。
LBX MORIZO RRの開発テーマは、「レクサスらしい上質な走りと洗練されたデザインはそのままに、クルマとの対話を楽しみ、思わず笑みがあふれ、非日常の高揚感を味わえるハイパフォーマンスモデル」。
スポーツバージョンを作るなら、単に出力をアップしたり、サスペンションを強化したり、外装をスポーティに仕立てるのは珍しいことではありませんが、MORIZO RRで驚かされるのは、プラットフォームさえも独自設計としていることです。
GA-Bプラットフォームを主体としつつ、リアまわりに「GRヤリス」と同じ「GR-Cプラットフォーム」を流用。LBXとはまさに別物です。
ボディのスポット溶接打点も469箇所増やすなど、徹底した剛性アップが行われています。
パワートレインも刺激的で、最高出力304PSを絞り出すGRヤリスの1.6リッター3気筒ターボエンジン「G16E-GTS」型を搭載。
トランスミッションは8速ATのほか、なんと6速マニュアルの選択も可能です。しかもマニュアル車では、近年では採用が少なくなったパーキングブレーキも手で引くタイプを採用しています。
駆動方式は前後駆動配分を50:50に固定できる電子制御可変型フルタイム4WDで、前後アクスルにはトルセンLSDも備えています。
これらのスペックを見ると、LBX MORIZO RRはもはやスポーツカー。
小さくてパンチのあるモデルといえば、「ホットハッチ」というちょっと懐かしい言葉が思い出されますが、ハッチバック車がコンパクトSUVに置き換わりつつある現在、LBXは「現代のホットハッチ」のひとつなのかもしれません。
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小さな高級車とホットハッチ。古くからある自動車用語ですが、LBX MORIZO RRはそれらを「いまの時代」に翻訳したモデルと言えます。
かつてホットハッチに乗っていた人が、”あの頃”の熱い気持ちを思い出せるような情熱がLBX MORIZO RRにはあります。
価格は650万円オーバーのため決してお買い得ではありませんが、GRヤリスの外観がレーシーすぎる、年齢に合ったクルマ・落ち着いた大人のクルマに乗りたい、でも速くて楽しいクルマが欲しいというユーザーには極めて魅力的な1台ではないでしょうか。
冒頭で記した「レクサスのSUVのスポーツグレードね。ふぅーん」という感想が、覆るクルマなのは間違いないと思います。