待望の国産フルフラットノンステップバス「エルガEV」は、国産初のフルフラットタイプとして大きな注目を集めています。国産バスおよび「エルガ」のノンステップバスの歴史に触れつつ、その理由を探ります。
■いよいよ量産を開始したEVバスの「エルガEV」 何がすごい?
重要な公共交通の担い手である路線バスもEV化が進んでおり、日本のさまざまな地域で活躍を開始していますが、現状では中国のBYD製EVバスが300台以上納入され、シェア8割を誇っているほか、2024年7月には韓国の現代(ヒョンデ)も参入を発表しています。
しかし日本も負けてはいられません。そんななか、いすゞの新型路線バス「エルガEV」に注目が集まっています。
国内大手のトラック・バスメーカーのいすゞは、2023年秋に開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023(ジャパンモビリティショー)」でERGA EV(エルガ EV)を初公開。
2024年5月から「都市型モデル」の発売を開始し、同年11月には、車両を委託製造しているジェイ・バス宇都宮工場にて量産をスタートしました。
エルガEV都市型モデルの型式は「ZAC-LV828L1」で、販売価格は消費税込みで約6500万円。年間150台の販売を見込んでいます。
エルガは2000年に登場したいすゞの路線・自家用大型バス。真四角の車体で広い車内を実現しつつ、カドを丸めてソフトな印象を持つエクステリアは、誕生以来25年近くが過ぎた現在でも古さを感じさせません。
乗降にステップを介する、従来の「ワンステップ」タイプや「ツーステップ」タイプも用意されていましたが、主力をノンステップタイプとしたことで、路線バスのノンステップ化・バリアフリー化に大きく貢献しました。
2015年にはモデルチェンジして2代目に進化しました。
その際、ワンステップタイプ・ツーステップタイプを廃止。ホイールベースを延長してノンステップエリアを拡大したほか、全高を上げて車内高もアップしています。中型路線用の「エルガミオ」とともに、日本各地の地域輸送を支えています。
ハイブリッドシステムを搭載した「エルガハイブリッド」も2012年に発売。現在では、日野のハイブリッドバス「ブルーリボンハイブリッド」と車種を統合した2代目エルガハイブリッドが供給されています。
そんなエルガをベースに誕生したエルガEVは、総電力量245.3kWhを誇るモジュール方式の高電圧リチウムイオンバッテリーをルーフ前部とリアに分散配置。
一充電の走行距離は360km(30km/h一定速、国土交通省届出値)で、モーターは後輪左右にひとつずつインホイール式で搭載。最高出力は2機の合計で250kW(340馬力)を発生します。
また、実はエルガEVは単にバスをEV化しただけでなく、「フルフラットノンステップバス」として誕生したこともポイントです。
それを可能としたのは、まさにEV化の恩恵でした。内燃機関の大型路線バスは大排気量エンジン・補機類を車体後端に積むため、そのスペースを確保することが必須ですが、EVバスではそれらが一切不要に。
そして後輪に駆動力を伝えるリアアクスル機構も必要がないため、左右後輪間のフラットフロア化を実現しました。
■パット見“フツー”に見えるが… 実は「超画期的」だった
ここで、「ノンステップバスって珍しいの?日本各地でごくふつうに走っているよね?」と思うかもしれません。
しかし実は、現在走っている多くのノンステップバスが、車体中央付近にある中扉から後ろの床を高くした「前中ノンステップ(部分超低床車)タイプ」です。いわゆるフルフラットタイプではないのです。
ノンステップバスは、本来なら車内の奥(後端)まで床に段差がないフルフラットタイプが望まれます。
そのため、ノンステップバス黎明期だった1990年代後半に、いすゞ・日野・三菱ふそう・日産ディーゼル(現:UDトラックス)の4社は、いずれもフルフラットのノンステップバスを発売していました。
ところがフルフラットタイプのバスには、いくつか問題点がありました。
路線バスの後輪と、それを収めるタイヤハウスは巨大です。
床が高かったツーステップバスでは張り出し量は小さめだったのですが、床を大きく下げたノンステップバスでは、車内に大きく張り出すことになりました。
とはいえ座席は設けねばならず、各社は設計に苦慮。
タイヤハウス上に後ろ向きシートを設けるなど工夫を行いましたが、「シートに座るためによじ登る」感覚もあり、使い勝手は決して良好と言えませんでした。座席配置に自由度がないため、座席数も減少していました。
エンジンの搭載に関してもデメリットがあったのです。
床下に納められないエンジンは、特殊な横向き配置にして車体最後部に押し込める方法としたため、新設計部品が多くなり、従来のバスとの共用化も難しくなって製造コストが上昇。
さらにエンジン収納スペースも狭いため、高出力エンジンの搭載が難しく、一方で車体後部の領域の多くをエンジン収納に充てていたため、車内の空間も少なくなりました。
このようにフルフラットタイプは定員が少なく車内も狭いため、ラッシュ時の運行を避けたバス事業者もあったといいます。
これらの理由から、ノンステップバスの主力は前中ノンステップタイプに移行しました。
前中ノンステップタイプでは、車体後半の床が高いためタイヤハウスとの段差も少なく座席数も確保が可能で、車体後半を従来のバスと共通化できるためコストも抑制、メンテナンスも容易というメリットがありました。
そのため、フルフラットタイプは短期間で衰退してしまったのでした。
いすゞでも、エルガの前身「キュービック」時代にフルフラットタイプの「LV832系」を開発。エルガが2000年にデビューした際には、前中ノンステップタイプの「type-A」のほか、LV832系の構造を踏襲したフルフラットタイプ「type-B」(LV834系)を用意しました。
しかしフルフラットタイプのLV834系は2005年に製造を終了。以降は、前中ノンステップタイプの「type-A」が作られるようになりました。
その観点から見ると、エルガEVは国産フルフラットノンステップバスの復活を果たした重要なモデルであり、「エルガ type-B」の後継車種と言えることもできます。
エルガEVでは、すべての座席がフラットなフロアからそのままアクセスできるようになるなど、かつてのフルフラットタイプの欠点も払拭していることも注目です。
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エルガEVは当初定員70人の「都市型」のみが発表・発売されましたが、2024年10月に中長距離路線用に座席数を増やした「郊外I型」「郊外II型」の発売も開始しています。
今後、日本各地でその勇姿を見る機会が増えていくことでしょう。