英国の高級ブランド「アストンマーティン」がかつて販売していた超高級マイクロカー「シグネット」とは、いったいどのようなクルマだったのでしょうか。
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1913年にイギリスで設立された高級ブランド「アストンマーティン」。映画「007」の「ボンドカー」にたびたび採用されたり、F1やル・マンなどのモータースポーツでの活躍など、由緒正しい老舗ブランドとして知られています。
そんなアストンマーティンといえば、高価なグランツーリスモ(GTカー)やスーパーカーを思い浮かべますが、かつて「街乗り用コンパクトカー」を販売していました。
その街乗りカーの名は、「Cygnet(シグネット)」という、全長3mほどの非常に小さいものでした。
ユニーク過ぎるシグネットは「高級スーパーコンパクトカー」として注目され、アストンマーティンの歴史の中でも異彩を放つモデルとなっています。
シグネットの誕生は、2010年にさかのぼります。アストンマーティンがいちから開発したのではなく、トヨタのマイクロカー「iQ」のOEM供給を受けたうえ、同社が手を加えて販売しました。
ベースとなったiQは、2008年11月にデビューした3ドア・ハッチバックで、2012年9月まで販売されました。
従来のボディサイズの概念を打破することを目指して開発した「マイクロプレミアムカー」で、iQのために専用のプラットフォームを新開発しています。
ボディサイズは、全長2985-3000mm×全幅1680mm×全高1500mm、ホイールベース2000mmという軽自動車よりも短い全長に、4人乗車を可能とする超高効率パッケージを実現しています。また、世界最小の回転半径3.9mも実現しています。
パワートレインは、1リッター・1.3リッターのガソリンエンジンにCVTを組み合わせたFF(前輪駆動)となっています。
一方シグネットには、1.3リッターにCVTまたは6速MTの組み合わせが採用されました。
エクステリアとインテリアは、アストンマーティンらしさを小さなボディに凝縮したものとなっています。
フロントには、ブランドの象徴のひとつとなっている翼をモチーフにした伝統的な形状をした「ブライトフィニッシュグリル」が配置され、ヘッドライトやボディラインもアストンマーティンらしい上品さと力強さを表現。マイクロカーでありながら、その存在感は圧倒的です。
インテリアは、豪華な仕上がりとなっています。
高級なレザー素材やウッドパネル、アルミニウムをふんだんに使用し、ルーフ素材も一部モデルでは人工皮革「アルカンターラ」を用いています。
ステッチをはじめとする細部の加飾に至るまで、アストンマーティンならでは職人技が光る空間を演出しています。
また、ボディカラーとインテリアカラーはユーザーの好みで自由に組み合わせられ、多彩なオプションも設定され、欧州高級車によくあるビスポーク(オーダーメイド)の仕様となっていました。
プラットフォームや基本的な構造はiQのものが流用されましたが、ルーフ、左右のドア、リアフェンダーを除くすべてのパネルが専用設計となり、トヨタがiQを日本の高岡工場で製造後、アストンマーティンの工場で内外装を一旦解体してから、外装を組み上げ、内装を施すという実に手間がかかる工程をとっていました。
1台のシグネットを完成させるために所要する時間は150時間と、マイクロカーにしては異例の工程です。
アストンマーティンの代表的なモデル「DB9」の生産が所要200時間ですので、いかにこだわって作り直しされていたかがわかります。
シグネットの日本市場販売価格(消費税込み)は475万円から。
iQは140万円から192万円の価格でしたので、ざっと3倍という価格になりました。
アストンマーティンは、CO2削減や、廉価なエントリーモデル投入による新たな顧客の開拓、都市部の顧客へのシティコミューターの提供を狙い、既存顧客からの増車の引き合いも目論んでいたようですが、販売終了の2013年までに売れたのは150台にすぎませんでした。
商業的には失敗に終わったシグネットですが、現在の中古車市場ではプレミアが付くほどの高値となり、もはやコレクターズカーの仲間入りするまでに至っています。
シグネットは、自動車の歴史の片隅に刻まれる珍車であり、名車となったのでした。