人口14億人のインドで、政府が開発したデジタル公共インフラが生活を大きく変えつつある。個人認証や決済などの共通基盤を構築、ソフト同士やプログラムが連携して行政や民間が多様なサービスを提供する。国境問題で対立する中国をにらみ、他の新興国とのデジタルインフラ協力を進め影響力の拡大を狙う。(共同通信=角田隆一)
「客の7割以上が(スマートフォンを使った)キャッシュレス決済だよ」。首都ニューデリーのイスラム教徒が多数住む街角の薬局の軒先で、祖父の代から焼き菓子を売るモハマド・カシフさん(45)は言った。「客がQRコードでお金を払って、商品ではなく現金と交換することもある。まるで現金自動預払機(ATM)さ」。通りの屋台の多くがQRコードを掲げている。
民間規格が乱立する日本と違い、インドは政府公社が電子決済システム(UPI)を提供する。銀行口座にひも付けられ、24時間送金が可能だ。加盟店手数料も安く、送金手数料は無料。2024年4月はUPIが件数ベースで、個人決済の82%を占めた。
支店が近くにない、手続きが難しいといった理由で、インドでは銀行口座を持つ人が少なかった。だが成人の口座保有率は2011年の35%から、2021年に78%へ急上昇。生体情報をデジタル化した国民IDシステム「アーダール」により、公的書類の欠如で本人確認が難しかった人も口座開設が可能になった。2024年3月時点でアーダールの登録数は13億人を超える。
農民らへ補助金を直接支給できるようにもなった。インド農民連合幹部のラケシュ・ティカット氏(54)は「とても便利だ」と評価する。
こうしたシステムの集合体が「インディア・スタック」と呼ばれるデジタル公共インフラだ。政府のシステムだが、民間出身者が開発の中心を担った。アーダールを用いた個人認証が土台となり、多様なサービスが利用できる。
現在、インドは官民で国民IDシステムを柱とした技術を、フィリピンやメキシコなど新興国を中心に20カ国以上に技術移転している。立役者の一人で、民間団体MOSIPのアルン・グルムルティ最高戦略責任者は「(技術移転された国々が)長期的に自ら開発、維持できるように能力構築を支援している」と指摘。ソフト自体を無償提供し、設計図も公開している。
インドが対立する中国は巨大経済圏構想「一帯一路」で低所得国に過大な債務を負わせているとの批判もある。グルムルティ氏は「中国とはやり方が違う」と誇ってみせた。