岸田文雄内閣は1日の閣議で総辞職した。岸田首相は自民党派閥裏金事件の責任を取るとして党総裁選への立候補を断念。在職日数は1094日で、戦後の首相として岸信介氏に次ぐ8番目の長さとなった。
岸田首相は在任中、国家安全保障戦略など安保関連3文書を策定し、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有や防衛費の大幅増額を決定。戦後の安全保障政策の大転換と指摘された。
エネルギーの安定供給や脱炭素実現に向け、原発の最大限活用を掲げた。東京電力福島第1原発の処理水海洋放出も開始した。
被爆地・広島選出の首相として「核兵器のない世界」を提唱。23年の広島サミットでは、G7首脳らによる原爆資料館訪問を実現させた。