昭和前期の大相撲で超巨漢横綱として名高い男女ノ川(1903~71年、本名坂田供次郎、茨城県出身)が引退後、日本プロレス界の礎を築いた力道山からレスラーとして勧誘されていたことが分かった。31日までに親族が証言した。入門はしなかったが、同じ元横綱の東富士がリングでデビューしており、知名度と巨体をプロレス初期の興行目玉の一つにしようとした力道山の戦略がうかがえる。
長男の和夫さん(87)=大阪府東大阪市=は「昭和20年代の後半だったと記憶しているが、父が力道山の道場で練習を見学し、プロレスに勧誘された」と振り返る。父親は「レスラーが激しい練習をし、鉄亜鈴も使って体を鍛えていて感嘆した」と言ったという。
男女ノ川の力士時代の体格は身長197センチ、体重146キロの記録が残り、42年春場所後に引退。角界を離れた後はさまざまな職業に就いていた。プロレスに勧誘された当時は50歳前後だったとみられる。