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虐待対応の児童福祉司が窃盗60回 「毎日後悔しかない」なぜ道を踏み外したのか

京都新聞 2023年11月25日 6時15分

 児童虐待の数は全国的に増加の一途をたどる。滋賀県の子ども家庭相談センター(児童相談所)や市町に寄せられた相談件数は昨年度1年間で7901件を数えた。一方で、児童相談所の職員は慢性的に不足し、政府は専門職の増員に力を注いでいる。

 被告の男(36)は、そんな環境に疲弊した児童福祉司の一人だった。9月14日、大津地裁で開かれた初公判。人なつっこそうな目が子どもに好かれそうな印象だ。体を鍛えているのが黒のスーツ越しに分かる。傍聴席には3歳ぐらいの幼児もいた。

 問われた罪は建造物侵入と窃盗。今年1~4月の間、湖南市や三重県伊賀市の倉庫など5カ所に盗みに入ったとして起訴された。盗んだのは電動工具やアウトドア用品など136点、金額にすると73万7700円相当。盗品の一部はフリーマーケットアプリで転売していたが、専らコレクションが目的で、家の中で保管していたという。

 被告人質問では開口一番、「何よりも申し訳ないことをしたと思っている」と謝罪した。盗みを始めたのは3年前。当時は大津・高島子ども家庭相談センターの虐待対応係に務める児童福祉司だった。この年、県全体の虐待対応は初めて8千件を突破。他方、虐待対応係は4人しかおらず、ペアで行動するベテラン職員は子どもにとことん寄り添う熱血タイプだった。「仕事はこうあるべきという人で、かなりハードだった」。男は激務に追われていたようだった。

 翌年度、係は増員されたが、新人の指導もしなければならなくなった。今回立件された事件は、同センターから異動後、児童自立支援施設の県立淡海学園で勤務していた時期に起こした。この時は非行少年の指導に携わっていたが、同じような業務ができる職員が少なく、やはり負担は大きかったという。

 話題は就職直後にさかのぼった。当初から男へのパワハラなどがあった。「毎日辞めたいと思っていたが、子どもに関わりたくて仕事に就いたので、なんとかしがみついていた」。この頃の話をする間、男の表情は明るくなった。「仕事はハードだったが、すごく面白かった。関わった子どもが大人になっても名前を覚えてくれていて、報われたと思った」。言葉の端々から、子ども好きで、やりがいを持って仕事に臨んでいたのだろうと分かる。なぜ道を踏み外してしまったのか。

 男の説明では、新型コロナウイルス禍の前はスポーツなどでストレスを発散していたが、その機会を失ってしまったという。そして盗みに手を染める。「やめようと思ってもやめられなかった。盗んで帰った後、いつも後悔していた」。自分をコントロールできないまま、60回以上窃盗を繰り返した。

 裁判官が「ストレスがあったとしても、許されることじゃないと分かっているか。一生懸命関わっていた子どもが事件を知ったらどう受け止めるか考えられたら良かった」とただした。「毎日後悔しかない。生き直していきたい」。裁判官をまっすぐ見て、男は声を振り絞った。
 

     ◇

 9月28日、初公判と同じく黒のスーツで法廷に入った男は、拳を握りしめて下を向き、判決を待った。懲役2年6月、執行猶予3年が言い渡された。

 裁判官は、心身ともに負担の大きな職務だったことに理解を示しながらも、「ストレスへの的確な対処法を取ることができない状況ではなかった」と非難した。その上で被害回復がなされていることや、窃盗症の治療を受けて再犯防止策を進める環境が整っていることを考慮した。「あなたの側の事情もあると思うが、犯罪が正当化されるものではない」。裁判官の言葉に、男は何度もうなずいていた。

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