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京都人におなじみ「鏡広告」令和に再びブーム 京都銭湯の文化に脚光 時代映す内容も

京都新聞 2024年6月13日 6時0分

 京都市の銭湯にかかる鏡には、地域に根付いた商店の宣伝文句が入っている。レトロな雰囲気が漂う「鏡広告」だ。一時下火だったが、サウナブームを背景に関心度が上昇。近年は、自身の動画投稿チャンネルのPRや、国際情勢についてのメッセージもあるなど、内容も多彩だ。ある広告主は「鏡広告を出すと鏡が新品になるので銭湯の応援になる上、京都の町の一部になれる気がする」と効能を説く。鏡広告の世界をのぞき込んでみた。

 鏡広告を扱う上京区の日新商事によると、いつから存在するかははっきりしないものの、1970年ごろには既にあり、盛んになっていたとみられるという。住民の多くが銭湯に足を運び、必ず眺める鏡に付いた広告の効果は大きかったと考えられる。

 往時は商店街も元気で、移動手段が現代より乏しいこともあって、地域コミュニティー内で生活が完結していた。そのため、地元の商店や病院を紹介する広告が多かった。

 その後、家庭に風呂が普及し、銭湯に入る人が減ると、広告需要も低迷。しかし、近年は盛り返し、存在感を高めている。サウナブームや昭和レトロ人気が追い風だ。趣味のサークル参加者の募集やデザイナーの作品発表、寺のPR、ブログや動画投稿サイト「ユーチューブ」の自身のチャンネルの紹介、芸人が出したクイズ付きの広告もあるという。

 広告で訴求する対象の客層がサウナ人気を背景に若返っただけでなく、銭湯経営者の代替わりがバラエティーに富んだ広告が増えた一因だ。価格の手頃感も魅力。日新商事の益田公彦さん(59)は「お小遣いくらいでエントリーできるため、ちょっとやってみようという依頼主も多い」と話す。

 沖縄や東京などからも依頼がある。京都銭湯のブランド力を見込んでのことだ。増田さんは「京都銭湯は、京都の人が思う以上にブランド化しつつある」と指摘する。

 近年はSNSを駆使し、数千人~数万人のフォロワーを持つ銭湯も珍しくない。新しい鏡広告が入った旨を投稿する銭湯も多いため、鏡広告は広く拡散。純粋な広告効果もあなどれないという。

 「お客さんの反応がいい。雰囲気が明るくなる」。中京区の初音湯の西出建一さん(54)は語る。2年前に先代から引き継いだ際は、広告が入っている鏡は半分以下で少々寂しい状態。代替わりしてSNSでの発信なども強める中、鏡広告の依頼も舞い込み、今はゲーム会社や下着販売、ブランド品買い取り店などの広告がずらり。「ご入浴有難うございます」といった初音湯自らのメッセージも含めると、全部の鏡が埋まった状態だ。

 「鏡広告を入れると、一緒に銭湯を運営している気持ちになる」とするのは、上京区の「駄菓子屋 北原商店」の北原妙子さん(43)。お気に入りの松葉湯(上京区)など2店に、寝そべった少年が菓子を味わっている様子がデザインされた鏡広告を出した。横浜市出身の北原さんは、京都に憧れて移住。地域コミュニティーを形作る銭湯に広告を出すことは、「町の一部になれているような気がする」と喜ぶ。

 設置しただけでも満足な上に、かわいらしい絵柄の鏡広告の前に子どもたちがうれしそうに座る姿を見るのも感慨無量だった。しかも、広告を見て駄菓子屋に足を運んでくれる家族もいた。「認知度アップにもつながった」という。松葉湯の松井宗六さん(71)は「少年の靴下に穴があいているデザインがかわいらしくて、お客さんにとても人気がある」と相好を崩す。

 広告を出すのは、「『推し活』にもなる」と北原さん。好きな芸能人(推し)などを熱心に応援する活動を「推し活」と呼ぶが、どういうことか。広告を入れると、鏡全体が新品に替えられるため、客はきれいな鏡を使える。銭湯にとって設備更新につながり、銭湯の支援になるという訳だ。

 今年も広告を出す北原さんは「リフレッシュして気持ちよくなって帰られる銭湯は、小さなテーマパークが町の中にあるようなもの。ささやかでも応援できたら」とほほ笑む。

 左京区の東山湯温泉で目を引くのは「STOP GAZA GENOCIDE」。イスラエルの攻撃によりパレスチナ自治区ガザで多くの死者が出ている現状を告発し、即時ストップを訴えている。個人による広告という。温かな湯につかれる平和のありがたみを味わえる自身の状況を考えれば、死と隣り合わせの地で暮らす無辜(むこ)の民の窮状が身に染みそうだ。

 銭湯の鏡は、まさに時代を映し出している。湯煙の先に目を凝らしてみたい。

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