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血が沸騰したエリザベス女王杯 奨学金を競馬に突っ込み就職後も膨らむ借金 「今すぐ金」追い詰められた男性は特殊詐欺に受け子になった

まいどなニュース 2024年7月13日 8時0分

 賭け事を始めたのは高校生の時だった。ボウリング、ビリヤード。友達同士で遊びの勝敗を争った。誘われて競馬場に行ったのは大学2年、忘れもしないエリザベス女王杯。大観衆の熱狂の中、初めて味わった、血が沸き立つような感覚。「面白いものを知ったぞ」。後に泥沼に引きずり込まれるとは知らずに―。

 京都府南部在住のシュンさん(31)=仮名=は、競馬にバイト代をつぎ込むようになった。足りなくなると奨学金を使い込み、消費者金融で借りた。だが、社会人になる直前に親にばれて、肩代わりしてもらう一方、カードや通帳を取り上げられた。

 競馬をやめ、自宅から大阪市内に通勤していたが、1年半後に1人暮らしをすることになった。親の管理下から逃れると再び始めた。すぐに給料だけでは足りなくなり、消費者金融から借りた金を貯金のように使った。クレジットカードを何枚も作ってキャッシングを繰り返した。

 「借金を返すためには勝って増やさなあかん」。ますますギャンブルは激しくなり、悪循環に陥っていった。

 シュンさんは1年半がたつ頃にはあらゆるブラックリストに載った。貸してくれる金融会社がなくなると、友人や同僚に無心した。親には言えなかった。

 そんな時、“奇跡”が起きた。仕事で付き合いのあった年上の知人に泣きつくと、400万円を貸してくれた。「これですべての借金を返してやり直せ」。まさに神の声だった。ところが。友人や同僚といくつかの会社に返したものの、「これだけあればもっと増やせる」と300万円を手元に残した。

スマホで賭け

 その頃はボートレースにもはまっていた。365日朝から晩まで、全国のどこかの公営競艇場で切れ目なくレースが開かれ、スマホがあればどこでもいつでも瞬時に賭けられた。

 勝つ自信があった。営業に行く電車の中。昼に入った定食屋。顧客との商談中に賭けたこともあった。どん底からはい上がるはずの金が“溶ける”のには3週間もかからなかった。「思い返すだけでもへどが出そう」とシュンさんは振り返る。

 年上の知人に本当のことは言えなかった。「他の借金はきれいにしました」とうその報告すると、知人は「じゃあ後は俺だけやな」と励ますように笑った。その後、会社をやめて知人の仕事を手伝い始めた。

闇バイトで金

 それでもギャンブルはやめなかった。借りられるのはもう友人と親だけ。「倍にして返す」「これで最後」。手当たり次第に電話をかけ、調子のいいうそを重ねた。いよいよ借り先が尽きると、ヤミ金や携帯電話の名義貸しにも手を出した。

 昨年9月。大切な友人への返済期限が迫っていた。「どうにかしないと」。もう、闇バイトしか残っていなかった。「とにかくすぐに金が欲しい」。罪悪感より金。まともな思考回路はとっくの昔に失っていた。

 特殊詐欺で高齢者からキャッシュカードを受け取る「受け子」になり、1日で4軒を回った。すべて成功したが、報酬50万円と言われた約束は守られず、得られたのは8万円。直後にコンビニで自分の口座に入金した。犯罪の代償は、一瞬でボートレースに消えた。

執行猶予判決

 10日後、警察に逮捕された。留置場に親が差し入れてくれたのは「ギャンブル依存症」について書かれた本だった。自分がおかしいとの自覚はあった。それでも、目の前の借金を返すためにはうそを重ねるしかなかった。逮捕されたのになぜか、「これで全部、正直に打ち明けられる」と心の底から安堵(あんど)していた。

 今年3月、執行猶予判決を受けた。現在は自宅で過ごし、自助グループにも通い始めた。借金は全部で1400万円を超えていた。債務整理の準備中だが、友人や親には時間がかかっても自分で返そうと決意している。「こんな自分を受け入れてくれて、感謝しかない。こつこつ働いて、恩返しをしたい」。回復への道のりは今、始まったばかりだ。

 仲間とつながり、回復へ 

 依存症の当事者が回復するために重要な役割を果たすのが自助グループの存在だ。現在、京都府内には四つ、滋賀県内に一つあり、それぞれ10~15人が通う。

 プログラムの柱は、当事者同士で語り合う「ミーティング」。過去の自分を振り返り、自分の性格から過ちの本質を見つけ出す。自分の話を“言いっぱなし”、他人の話を“聞きっぱなし”で、否定も肯定もしないのが特徴だ。

 「回復の秘訣(ひけつ)は、仲間とつながり続けること」と話すのは、2年前に京都で新しい自助グループと、「ギャンブル依存症当事者の会京都」を立ち上げた中島康晴さん(42)=奈良県=。「まず、自らが依存症であることを認めてほしい」とする。自身も20代後半にパチンコにはまり、生活が破綻した経験を持つ。

 「もう二度としない」「これで最後」と何度も決意をしながらもやめられないのが特徴の一つ。中島さんは「一人では解決できないと気付いて。うそを重ねた経験も、周囲へ迷惑をかけた罪悪感も、みんな同じなので、安心して話せる場所」と強調する。

 仲間につながっても再びギャンブルをする「スリップ」に陥る人も多いが「仲間に正直に打ち明けると、再びやり直せる」と話す。

 「当事者の会」としては、全国組織と連携し、新規の電話相談を受け、必要があれば実際の生活支援も行う。「借金や人間関係がこじれ、もうどうにもならないと思っている人は、一度、ミーティングに来てほしい」と呼びかけている。

(まいどなニュース/京都新聞)

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