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赤字の米農家を継いだ、東大出身の25歳「受験数学のように単純じゃなかった」 実感した農業のハードルとは

まいどなニュース 2024年8月22日 7時0分

東京大学工学部を卒業後、実家の山形で農家を今春に継いだ25歳の米利休さん。機械への投資や前年の異常気象による赤字で膨らんだ借金、祖父の体力の限界による廃業の危機という状況で、両親からも猛反対を受けた上での決断でした。

「農業は甘くない」「現実を見ろ」などの厳しい声も受けつつも、「甘くないという言葉は、挑戦を諦める理由にはなりません」と米利休さんは、祖父の指導を受けつつ農作業の様子をSNSで公開。経歴に加え、今年は年収15万にしかならないかもという苦境も注目を集めてInstagramのフォロワーは約13万人に(記事執筆時)。

「祖父は昔かたぎの感覚派人間。説明が上手にできなくて、知識や技術を吸収するのも一苦労なんです」と笑って答えてくれた米利休さんから、実際に農作業を行うなかで見えてきたこと、農業を取り巻く課題や、今後めざすことなどを聞きました。

楽しくてやりがいがある!…と同時に農業の大変さも実感

年収の不安を抱えつつも、「とにかく、楽しくて、やりがいがある!農業は素晴らしい仕事だと思います!」と言い切る米利休さん。最初は背の低かった稲が田んぼの中で日ごとに成長していく様子、農作業で身体を動かすことや、たくさんの農家さんと交流できること、また、もともと運転や機械いじりを好んでいたため、トラクター・軽トラ運転・草刈機などの機械を操作することにも楽しさを見出しているそうです。

そんな米作りへの充実感を抱く一方で、早くも農業という仕事の厳しさにも直面。

「今日は草刈りだから、日焼け対策」「草が伸びすぎて今日も草刈り」「じいちゃんのトラクターで作業中、ひたすら草刈り」と草刈りについての発信が複数回。「農作業の多くの時間、草刈りに費やしています。こんなに雑草処理をするんだというのは、就農して初めて知りました」と素直な驚きを口にします。

体力を使う仕事を米利休さんがメインで行い、早く仕事を覚えるために祖父の担当作業も半分ほど担っているため、「体力が求められる作業が多いので、睡眠や食事面からの体調管理が大事です」。午前4時台に起床しなければ、炎天下での農作業を強いられることになるとも。米作りのシーズンは完全な休み(丸一日)を確保できないのも難しいところ。今後、増収をはかるために「田んぼの面積を増やしたら、もっと休みを取りづらくなります」と語ります。

ただ、山形は冬に農作物を作るとコストがかかる地域。何も作らない方が良いため、冬の間に長期の休みを確保できるとのことです。

「米作りは知識よりも経験値が大事と実感」

そして、なによりも厳しさ・難しさを感じているのは自然相手だということ。今年は水不足・雨不足の影響で、予定通りに田植えの準備 (代かき) ができなかったり、アオミドロという藻が田んぼに大量に発生したり、田んぼに例年より多く雑草が生えてきたりもしました。

「自然相手ですから、予期せぬ事態もあります。考慮するべきことが多く、様々なシチュエーションでどういった対応が求められるのか、なかなか覚えられません。受験数学のように答えが単純な形になるのではなく、研究のように答えがまだわからないことを手探りで解明していく感覚に近いなと感じます」と就農3カ月(取材時)での実感を吐露。「田んぼの水管理は、まだまだわからないことだらけ。知識よりも経験値の方が圧倒的に重要だと感じます」。

また、機械のメンテナンスや機械の運搬など、生産過程に直接的には関係ない仕事が多いことや、人間関係の大切さも実感。「代かき、田植えの時期は水路の水の取り合いになります。周りの農家さんと良好な関係づくりは大事なことだなぁと思います」。 

「祖父の米を日本一のブランド米にしたい!」とSNS発信

最初に農家を継ぐと決めたのは、「じいちゃんの守ってきた米を残したい。全国の人に知ってもらい、日本一のブランド米にする!」というシンプルでまっすぐな思いから。 

そして、「うちのような中小規模の弱い農家が最短ルートで勝ち残るためには、直近ですぐに面積を増やすのは、経験値の面でも、生産コストの面でも現実的ではありません。生産した米を生産コストに見合った値段で売れる販路を作る必要があると思ったから」と、SNSを重視することに。

「新聞やガラケーで止まっているじいちゃんにとって、SNSという概念は難しすぎるようですが、農業は農作物を作るだけではない産業に変化しています。加工・販売・流通など、別の側面からのアプローチが重要となっている今、SNSでじいちゃんの米の認知を広めたいのです」。

そうやって認知度を高めつつ、秋の収穫米から販売する準備も。就農1年めで、オンラインでの個人向け販売の実績を作り、お客様の声を集め、来年以降はクラウドファンディングへの挑戦やビジネス向けの販路開拓を積極的に行うことを考えています。同時に、農地面積を拡大しながら、祖父の守ってきた米作りの良い部分を活かしつつ効率化に取り組み、今後5~10年以内の法人化をめざしているのだそう。

「農家経営には課題がたくさん。農家が頑張るしかない?」 

農林水産省の『農業労働力に関する統計』によると、2023年の農業従事者(個人経営体)は116.4万人。2015年の175.7万人から減少の一途をたどっています。また、農業従事者の平均年齢は68.7歳(2023年)。2015年時は67.1歳。高齢化の状態が続いています。

国や自治体は農家の高齢化を解決するため若手の就農者を増やす支援策を打ち出していますが、「就農のハードルが高すぎると感じています。例えば、新規就農者として認定されるまでの手続きが非常に面倒だったり、補助金・助成金・給付金などが簡単に受給できなかったり少なすぎたり。そもそも機械・資材などの経費が高いのです」。

米利休さんは、今は祖父のもとで専従者として農業を行っていますが、来年6月には祖父の事業継承(経営移譲)も兼ねて、認定新規就農者になる予定。しかし、実家にいる限り、世帯所得が上限に達するため、新規就農の給付金が受けられないとのこと。

また、例年通りの卸先に卸すと、米利休さんの今年の農業収入は15万円ですが、ネット販売によって、例年通り卸した場合の予想金額より増えることを予測しています。それでも少ない収入を増やすため、地域密着型の家庭教師の開業も考えていましたが、時間の確保が難しいので、もう少し効率の良い別の収入源を作る準備をしている状況。「農家への手厚い支援を切に願っています」と訴えます。

農家として儲かるためには「米を高く売る」「作付面積を増やす」、この2つの道があると考えていますが、「高く売ろうと思っても、農作業でいっぱいいっぱいで販路を開拓する難易度が高いです。作付面積を増やそうと思っても、周りの農家さんから信頼されなければ簡単には農地を借りられないです」。

こうしたらいいのに、と思うことはあっても実現へのハードルは高く、「個人個人が死ぬ気で頑張ることしか思いつかない状況で…。これは、産業としての崩壊なのではないでしょうか?」。

農業を今の時代に続けるため、めざしていること

そんな疑問や問題にぶつかっていくなかで、社会貢献に関する目標を2つ掲げている米利休さん。

そのひとつがSNSで農家についての実情を発信すること。「弱小個人農家が農業で成功していくまでの過程を包み隠さずさらけ出すことで、農業従事者のモチベーションを高めたり、経営のヒントになったりすれば良いなと考えています。また、消費者の農業や食に対する関心が深まったり、何か頑張っている方の心の支えになったりできるような発信にもしていきたい。結果的に日本の農業界に良い影響を与えられたら」

2つめは、農作業に関する機械を作る会社の起業。「僕自身が農業をしていくなかで“こういう機械があったらいいな”と思うこともあり、農業の仕事が安定したらぜひ取り組んでみたいんです。かなり難しい挑戦になるかと思いますが、現場を経験することで見える視点で、本当に需要のある機械を作ることができれば…。全国の農家さんに提供できるようになれば、農業界に良い影響を与えることができるのではないかと思います」

他にも細かな目標はたくさんありますが、「米作りだけはこの身体が動かなくなるまで続けたい。あるいは、携わりたいことは一貫しています」。

(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・宮前 晶子)

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