監督デビュー作「こちらあみ子」(2022年)で国内外から高く評価された森井勇佑監督が、待望の2作目となる映画「ルート29」(11月8日公開)を完成させた。兵庫県姫路市と鳥取県鳥取市を結ぶ実在の国道29号線が舞台のロードムービーだ。生と死、現実と非現実のあわいを曖昧に漂うような本作について、森井監督にじっくり聞いてみた。
「ルート29」は、詩人・中尾太一の詩集「ルート29、解放」(2022年)を原作に、森井監督が自ら脚本を執筆。清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)が、風変わりな少女ハル(大沢一菜)と2人、さまざまな人との出会いと別れを重ねながら、姫路から鳥取まで国道29号線を旅していく。
詩集が原作…言葉の連なりに感動「映画になる」
映画を見てまず面食らうのは、ストーリーはあるにはあるが、最初から最後までとにかくリリカルで「よくわからない」ことだ。そもそも、“原作”の詩集をいくら読んでも「のり子とハル」の物語なんてどこにも書かれていないのである。
「『こちらあみ子』の次に何かやろうということになり、プロデューサーの孫家邦さんに勧められたのがこの詩集でした。読んでみて、直感的に『映画になりそうだ』と思いました」
「どこの部分で、と聞かれると困りますが、中尾さんが紡ぐ言葉の連なりにただ単純に感動したというか…。敢えて言うなら、世界が“ざわざわ”しているような感覚。その“ざわざわ”を主人公たちの周りにちりばめて丸ごと映画にしたら面白そうだというのがスタートでした」
芥川賞作家・今村夏子の「小説」が原作だった「こちらあみ子」とは違い、明確な筋立てのない「詩」を一本の映画にするのには、相当な苦労や工夫があったのでは。ていうかこれ、「原作」という位置づけで合っているのだろうか。
「詩集の映画化という時点で、詩の表面的な描写に準ずる必要はない、というより準ずることは不可能です。ということはつまり、想像力を広げて僕が完全に一から作り上げていい(笑)。そして作り上げる際、独りで作業しているとどうしても不安に駆られることもあるのですが、詩集はそんな時いつも隣にいてくれる支えのような存在でした。手元に置いて、わからなくなったらパラパラめくって進むべき方向を確かめる。だから『ルート29、解放』は原作で間違いありません」
綾瀬はるかは「素晴らしい俳優であり、人」
綾瀬はるかを主演に迎え、「こちらあみ子」で鮮烈な印象を残した大沢一菜を再び起用。さらに伊佐山ひろ子、高良健吾、河井青葉、渡辺美佐子、市川実日子ら実力者が揃った。
「綾瀬さんに対しては、どこか孤高の人という印象を持っていました。独りでそこに立っていることができる、という感じ。そんな人はなかなかいない気がしたので、お願いしました」
「実際にご一緒してみると、僕の抽象的な説明も感覚的に理解してくれて、ものすごくやりやすかったです。本当に素晴らしい人、素晴らしい俳優だったと思います」
一方、そんな綾瀬を筆頭に、本作のキャストは誰もが感情を排したかのような発声と抑制的な演技をしており、何とも言えない味わいを醸し出している。
「演技を抑えてほしい、という言い方は綾瀬さんにはしていません。ただ、のり子は何も背負うものがなく、他者に自分のことを説明する必要がない。だから、『表現』はしなくて大丈夫だと思う、と話しました」
「映画をどういうトーンにするかを考えた時に、イメージにあったのは子供の頃に読んだ児童文学の挿絵の雰囲気。…伝わりますかね? ああいう昔の本の挿絵って、線が妙に無造作で、すごく無表情なんですよ。幼心にそれが不気味だったのですが、あの怖さを映画に取り入れてみようと考えました。その中心に『表現』をしない綾瀬さんがいるので、他の俳優さんたちも現場の空気を鋭敏に感じ取った結果、自然とああいうトーンになったんです。もちろん、ロケをした国道29号線のどこか霊的な雰囲気も作用したと思います」
映画にちりばめた「不思議」感じて
ローカルな国道を舞台にしたロードムービーでありながら、ある種のファンタジーでもある本作。冒頭で「よくわからない」と書いたが、それは決してネガティブな意味だけではなく、「わからない」故の心地良さ、あるいは言葉では言い表せない世界の美しさ、奥深さ、優しさの一端に触れるような感動と興奮が確かにある。生と死、現実と非現実が渾然一体となった本作から、綾瀬は「死ぬことを恐れる必要はない」というメッセージを受け取ったという。森井監督自身が込めた思いは。
「『不思議なものに触れたい』という思いがずっとあるんです。現実は無味乾燥で、不思議さも失われている気がするのですが、まだ『なくなった』とは思いたくない。この『ルート29』には、たくさんの不思議をちりばめてみました。言い換えると、それは『謎』、あるいは『わからなさ』に近いかもしれません。そんな不思議の中を突き進んでいく2人の物語。彼女たちが過ごした時間を皆さんと共有できれば嬉しいです」
「映画を見て、『わからない』という人もきっといると思います。でも、『わかるから良い/わからないからダメ』とか、そんな次元で作っていないという意識はあります。映画にとって、そして全ての芸術作品にとって、『わからないこと』って実はすごく大事。そうじゃないと、面白くもなんともないですから。この映画も『わからないけど面白かった』と感じてもらえたらと期待しています」
「ルート29」は11月8日(金)全国公開。
(まいどなニュース・黒川 裕生)