Aさんは今年で社会人3年目を迎えた会社員です。新卒で入社したIT企業でプログラマーとして、日々の業務と向き合っています。ただプログラマーとして働いていると、自分の書いたプログラムがどのように使われているのか知る機会がありません。そこでAさんは一念発起して、直接顧客と話ができる営業職にチャレンジすることを決心します。さっそく転職活動を開始した結果、ある会社から無事に内定をもらうことができました。
入社前に送付されてきた労働条件通知書には営業職で働くことが記載されており、念願の仕事内容にAさんは胸を躍らせていました。しかし実際にAさんが就職してみると、まずは開発部門で働き製品を知ってほしいと言われます。理由を尋ねてみると人事部の人から、会社としては開発部門で製品知識を得てこそ営業に活用できると考えているため、この配属になったと説明を受けます。ただAさんにとって、その情報は初めて聞かされる内容でした。契約した内容と異なると人事に話をしたのですが、受け入れられません。
「開発部門で働くなら転職しなかったのに」とAさんは不満を漏らします。Aさんはこのまま開発部門で働くことを受け入れないといけないのでしょうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに詳しく聞いてみました。
ー労働条件通知書とはどのようなものなのでしょうか
労働条件通知書とは、従業員を採用する際に企業が交付する書類で、契約期間や就業場所、従事する業務などの情報が記載されています。労働基準法第15条第1項で「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定められており、この義務に従い交付されます。
2024年4月には労働条件明示のルールが変更になり、就業場所・業務変更の範囲なども記載が必要となりました。
Aさんの場合は、この業務変更の範囲がどうなっていたかがポイントになるでしょう。
ー業務変更の範囲とはどういうものでしょうか
「業務変更の範囲」は入社直後にとどまらず、労働契約の期間中において配置転換や異動について書かれている項目です。この範囲で「営業業務全般」などのように営業職に限定される記述があれば、Aさんの開発部配属は労働条件通知書の内容に反しているといえます。その場合、Aさんは雇用契約の無効を主張することができます。
一方で業務変更の範囲が「当社業務全般」となっていた場合、開発部で働くことになったとしても労働条件通知書に反していません。Aさんは会社の指示に従わないといけないでしょう。
ーAさんはどうすればよかったのでしょうか
労働条件通知書の内容をしっかりと確認しておくべきでした。通常、内定段階では「営業職全般」と限定的に書かれることは稀です。「当社業務全般」という抽象的な書き方をすることで、入社後に適性を見極めて業務を変更できるようにしています。もしAさんが「業務変更の範囲」をしっかり確認していれば、今回のようなことにはならなかったでしょう。
とはいえ開発部に行く理由が「製品を深く知ってもらうため」なので、一定期間が過ぎれば営業職に配置転換されるのではないでしょうか。製品知識豊富な営業マンを目指して、開発部でまず成果を出すのがいいと思います。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士 大阪府茨木市を拠点に「良い職場環境作りの専門家」として活動。ラーメン愛好家としても知られ、「#ラーメン社労士」での投稿が人気。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)