都内の大学に通うAさんは、限られた仕送りとアルバイト代でなんとか生活していました。しかし季節の変わり目で寒暖差も激しかったこともあり、体調を崩してしまいます。アルバイトを1週間休んでしまうことになり、あてにしていた給料が入らなくなってしまいました。
生活を切り詰めなければならなくなったAさんは、食費を削るために水道水で空腹を紛らわす日々を過ごします。ただ流石に大学生が水だけで生活できるわけがありません。ある日ふらっと入ったスーパーで目にした試食コーナーで、空腹に耐えきれずAさんはそこにあったソーセージをいくつも食べてしまうのでした。
流石にその場で何度も食べるわけにはいけないと思ったAさんは、少し食べては店内をぐるっと回るなどしてごまかそうとします。しかしあまりにも何度も食べていたのもあり、店員に見つかってしまって事務所へと連れていかれるのでした。試食品を食べ過ぎたAさんは、何かしら罰を受けるのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。
ー試食コーナーで食べ過ぎると犯罪になるのでしょうか
店側が試食品を提供するのはあくまでも「購入の判断材料」にしてもらうためであって「満腹になってもらう」ことではありません。したがって味を確認する程度の量であれば問題はありませんが、Aさんのように度を超してしまうと違法になる可能性が生じます。
まず考えられるものとしては刑法第235条で定められている「窃盗罪」が考えられます。窃盗罪の法定刑は「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」です。
ただ仮にAさんが逮捕された場合、収入が途絶えて空腹に耐えられなかったという背景や初犯であることを考慮すると、和解が提示されるかもしれません。
ーどれくらい試食すると犯罪になるのでしょうか
これは試食品の内容と状況にもよるので、一概にどこからが犯罪とは言えません。仮に店舗側が「お一人様1個まで」と表示していた場合、それ以上食べてしまうと違法と判断されると考えます。
数量が明記されていない場合には、商品の種類や販売方法を見て個別に判断することになります。ただAさんの場合は最初から商品の購入目的ではないこともあり、違法だと判断されるでしょう。
過去に試食品を約200個食べた男性が窃盗罪で逮捕されたケースもあるようですが、実際に罪に問われたケースは多くありません。おそらく示談などで解決することが多いのだと思われます。
ー窃盗罪以外に考えられる犯罪はありますか
従業員に注意されたAさんが文句を言いながら騒いでしまうと、その場面を見た別の客が帰ってしまう場合も考えられます。SNSで映像が上げられ、店の評判が悪くなる場合もあるでしょう。
このようにAさんが騒いだことによって、店舗の営業が妨害されていると判断されれば「威力業務妨害罪」が成立する可能性もあります。この罪に適用される刑罰は「3年以下の懲役または50万円以下の罰金刑」です。
たかが試食と思って制限なく食べてしまうと、犯罪になる可能性があることは知っておいた方がいいでしょう。
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試食をしすぎたAさんは事務所に連れていかれたのち、店長から厳重に注意を受けました。店長は警察に連絡することも考えましたが、Aさんのあまりの貧窮ぶりを聞いて思いとどまったようです。代わりにバイト代が入れば弁償すると念書を書かせてAさんを解放しました。
◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士 「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないといわれる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)