独居老人と腫瘍だらけの犬
「わんにゃんレスキューはぴねす」の中村さんが出会ったミニチュアダックスの小夏ちゃんは、長年一人暮らしの高齢者と過ごしてきました。
しかし、飼い主が病気で入院し、手術を受けることとなり、犬の世話ができないと保健所に相談したため、8歳の小夏ちゃんの里親探しが始まったのです。飼い主は「すぐに希望者が見つかるだろう」と楽観していましたが、保健所のホームページに掲載しても全く反応がありませんでした。
小夏ちゃんは深刻な健康問題を抱えていたのです。
中村さんが飼い主のもとを訪れた際の小夏ちゃんの姿は、目を背けたくなるものでした。お腹には大きく膨れ上がった腫瘍があり、その重みでよろよろとしか歩けない状態で、腫瘍が床に擦れて皮膚が破れていました。全身に腫瘍が広がり、耳からは膿が流れ出し、頬には歯肉炎が原因と思われる穴が空き、鼻からは絶え間なく鼻水が垂れていました。
「かつてはトリミングに通っていたそうですが、飼い主が足の病を患って失業したのを機に、病院やトリミングにも連れていかなくなったそうです」
飼い主は「かわいがっていた」と言いますが、深刻な状態の小夏ちゃんの姿に、中村さんは胸を痛めました。それでも中村さんは、小夏ちゃんのこれまでの苦痛と放置されてきた痛みに対し、少しでも安らぎを与えたいと保護を決意したのです。
緊急治療と厳しい診断
保護後すぐに小夏ちゃんは動物病院へと搬送され、検査と緊急治療が始まりました。診断結果は中村さんが想像していた以上に厳しく、小夏ちゃんの肺には複数の影が確認され、既に癌の転移が進んでいる可能性が高いとされました。
また、歯肉炎が原因で口の中には大きな穴が開き、耳からは膿が出続けており、痛みによって顔を触られるのを極端に嫌がる様子が見受けられました。最も大きな腫瘍は自壊しかかっており、壊れた部分からは出血があり、強い痛みを伴っていたのです。
こうした厳しい状態の中でも、中村さんと獣医師は少しでも小夏ちゃんが痛みから解放され、穏やかに過ごせるよう最善のケアを施しました。まずは耳の膿を取り除き、腫瘍の壊れた部分を縫合する緊急手術が行われました。さらに、痛みを和らげるための鎮痛剤が投与され、皮膚の傷には消毒をしながら毎日のケアが続けられました。
後ろ足の麻痺も進行していたため、負担がかからないよう体を支える工夫が施された専用のベッドも用意されました。
新しい家族との穏やかな時間
保護団体はぴねすの支援者であるエダママとパパさんが、小夏ちゃんの預かりを引き受けてくれました。小夏ちゃんは、エダママがそっと撫でると表情が柔らかくなり、安心したように目を閉じて眠る姿を見せました。
「エダママとパパさんは、小夏ちゃんのために食べやすい柔らかいおやつや特製の流動食を準備し、毎日細心の注意を払って与えてくれました。小夏ちゃんは少しずつ食欲を取り戻し、エダママの手からおやつを嬉しそうに食べるようになりました」
小夏ちゃんの最期の時間
10月22日、固形物を食べられなくなってしまった小夏ちゃんに、エダママは栄養ドリンクを飲ませようとしました。小夏ちゃんは弱っているはずにもかかわらず、エダママに噛み付こうとするような仕草を見せました。その仕草に、エダママは小夏ちゃんが最後まで自分の意思を貫こうとする気持ちを感じ、胸が熱くなったといいます。栄養ドリンクを飲んだ後も小夏ちゃんは自力で排泄をし、わずかな時間を懸命に生き抜きました。
そして、その静かな瞬間が訪れました。小夏ちゃんの小さな心臓は次第に鼓動を止め、安らかに息を引き取りました。翌日、10月23日に小夏ちゃんは火葬され、空へと送り出されました。
中村さんは、入院中の元の飼い主へ小夏ちゃんが看取り保護に移行したことを知らせましたが、最期を迎えたことについては報告しない選択をしました。小夏ちゃんの最期を知るのは、小夏ちゃんを支え、見守り続けた人たちだけでよいと考えたのです。
愛情に包まれた短い日々
はぴねすでの1カ月半、小夏ちゃんはかけがえのない愛情に包まれて穏やかな時間を過ごしました。エダママとパパさんに甘えたり、日差しの中でウトウトしたり、さまざまな表情を見せるようになった小夏ちゃん。新しい環境の中で、小夏ちゃんは次第に安心し、自分を解放していったように見えました。
小夏ちゃんは、最期の時まで懸命に生き抜きました。最期を共に過ごした人々に深い思い出と静かな感動を残し、穏やかな旅立ちを迎えたのです。小夏ちゃん、安らかに──
(まいどなニュース特約・渡辺 陽)