来年のNHK大河ドラマ「べらぼう」に、喜多川歌麿役として出演する染谷将太。2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」にも織田信長役で出演しており、その狂気めいた役柄を好演したことも印象に残っている。
「染谷」という名字は全国ランキングで1000位以内のメジャーな名字である。しかし、その9割以上が関東地方にあり、他の地方には少ない。特に西日本にはほとんどおらず、かなり珍しい名字となっている。
一方、茨城県ではトップ100にも入るメジャーな名字で、中でも茨城県・千葉県・埼玉県の3県の県境付近に激しく集中している。「染谷」のルーツがこの付近にあるのは明らかだ。
さて、ちょうどこの3県の交わる近くに、かつて下総国猿島郡染谷村という地名があった。現在の茨城県猿島郡境町染谷である。かつては台地の中の谷(ヤト)のような地形だったらしい。
中世、こうした谷間は住むのに最も好まれた場所だった。
三方を山に囲まれているため谷の入り口だけを守ればよく、戦乱の多い時代には守りやすい地形。そして谷間に川が流れており、水や食料を得やすい。山に入れば燃料となる柴も簡単に手に入る。さらに、農民にとっては戦がおこれば裏山に逃げ込めばよく、谷は一等地だった。
従って、こうした谷間に因む名字は極めて種類が多い。「~谷」の他にも、「~迫(さこ)」など地域によって呼び方は異なるが、谷間には多くの人が住み、たくさんの名字が生まれた。
「染谷」という名字の最大のルーツはここで、現在でも境町では町で一番多い名字が「染谷」である。
さらに、少し離れた茨城県石岡市にも「染谷」という地名がある。ここは古くは「染屋村」であった。「屋」から「谷」に変わるというのは名字でもよく見られ、「染屋」に因む「染谷」という名字も多いと思われる。
また、埼玉県側にもさいたま市見沼区に「染谷」地名がある。
こうして、この地域に複数あった「染谷」地名から「染谷」という名字が生まれため、今でもこの周辺に激しく集中しているのだ。
◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら、実証的な研究を続ける。NHK「日本人のおなまえっ!」にコメンテーターとして出演中。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。