「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載中の『ONE PIECE』(作:尾田栄一郎)では、作品の見どころのひとつとして、登場人物たちの過去が語られるシーンがあります。過去編の多くでは、キャラクターの辛い経験が明かされていますが、その「悲惨さ」は物語が進むごとに進化していると考えられます。
たとえば、物語序盤のコミックス16巻では、麦わらの一味の船医であるトニートニー・チョッパーの過去が描かれました。チョッパーは「ヒトヒトの実」を食べたことでトナカイの群れから孤立し、また人間たちにも怪物扱いされて、孤立してしまいます。そんなチョッパーを救ったのが、ヤブ医者と呼ばれるDr.ヒルルクでした。
ある日、チョッパーは不治の病に侵されていたヒルルクのため、アミウダケというキノコを持ってきますが、実はこのキノコには猛毒がありました。しかし、それを知らないチョッパーの必死な思いを受け取ったヒルルクは、チョッパーが自分のせいでヒルルクが死んだと思い込まないよう、アミウダケを口にします。
良かれと思ったことが恩人の死のきっかけとなり、チョッパーは深く傷つきますが、この出来事により彼は医学を学びはじめるのでした。
物語が進み、新世界編に突入したドレスローザ編では、過去編でドレスローザ王国がドンキホーテ・ドフラミンゴに乗っ取られた日の真実が明らかになりました。ドフラミンゴは国を乗っ取るため、国王であるリク・ドルド3世をイトイトの実の能力であやつり、国民に手をかけたのです。
それまでリク王家は、800年も戦争を起こさなかった優れた王家として知られていました。誰よりも国民のことを想っているリク王が、不本意に国民を傷つけなければならないという痛ましい状況は、読者の胸を強く打ったのではないでしょうか。コミックス73巻第728話では、リク王が操られながら「国民を傷つけるくらいなら死んだ方がいい」と涙しており、ドフラミンゴの残忍さと悲劇的な状況が描かれています。
また近年の展開にも、悲惨な過去の物語が見られます。コミックス108巻では、元王下七武海のひとりで、現在は人間兵器(パシフィスタ)になってしまったバーソロミュー・くまの過去編が描かれました。くまの人生はまさに苦難の連続で、多くの読者の涙を誘ったことでしょう。
くまの父親はバッカニア族と呼ばれる人種の血筋で、くまは幼少期に家族ともども天竜人に捕まり、奴隷として暮らすことになりました。まもなく母は死んでしまい、父もまた、くまとの談笑中に「うるさい」という理由で銃殺されてしまいます。幼いくまの頬に父の血が飛び散った様子は、あまりにも胸が痛むシーンです。
くまの悲劇は、これだけにとどまりません。ニキュニキュの実の能力を得たあとは人々の痛みを肩代わりし、愛した女性・ジニーは天竜人に誘拐され、青玉鱗という病気になって死んでしまいます。
ジニーが産んだ赤ん坊・ボニーを大切に育てるくまですが、遺伝によってボニーにも青玉鱗の症状が出始めます。くまは彼女の病気をDr.ベガパンクに治療してもらうため、その身を人間兵器(パシフィスタ)として差し出すのでした。
これらの過去編はいずれも、単に悲しい出来事というだけではなく、運命の皮肉やすれ違いについて、読者に問いかけてくるものです。物語を追うごとに悲惨さが増してくるのは、作者の尾田先生の「悲劇の描き方」への進化を象徴しているのかもしれません。
だからこそ、主人公モンキー・D・ルフィが、諸悪の根源である敵キャラを倒した時の爽快感が、読者に深い感動を与えるのではないでしょうか。
(海川 まこと/漫画収集家)