瀬戸内海は四季折々の地魚「前浜もん」が取れる豊かな漁場だ。寒さが本格化してくると魚は脂が乗り、ぐっとうまくなる―。水産関係者からそう聞き、魚好きの記者が岡山県西部・笠岡市にある漁港の朝市を訪ねた。漁獲量は限られるが、鮮度はよく種類が豊富。魚を熟知した売り手からおいしい食べ方を聞き出せるのも対面販売ならではの楽しさだ。量販店とは異なる朝市の魅力を探った。
「さあ、今日はベイカがいいよー」
11月下旬の午前9時を過ぎたころ、笠岡市沿岸の正頭漁港(同市大島中)に面した「大島美の浜漁協」の朝市に、鮮魚商の元気な声が響いた。
テニスコートよりやや広い売り場には、港に着いて間もない漁船から運び込まれたトロ箱があちこちに並ぶ。瀬戸内海で取れる地魚の代表格・クロダイ(チヌ)はいよいよ食べ頃を迎え、重さが2キロ近い大物もあった。ヒラメは丸々と太り、脂が乗ったマゴチは食べ応えがありそうだ。ワタリガニやタコが「ガサガサ」とトロ箱を動き回る音も聞こえる。
地魚の数々は漁協に所属する地元漁師らが水揚げした。「取れたのは1時間ほど前。鮮度は抜群よ」と定置網漁でクロダイを納めた漁師吉田茂さん(68)が胸を張る。
売り場を構えるのは鮮魚商3社。1社は吉田さんら地元漁師が取った魚を買い上げて販売し、他の2社も近隣漁協で水揚げした魚や加工品を扱っている。県水産課によると、県内では大島と同じように漁協が運営・管轄する朝市や直売所が他に8カ所。にぎわうのはいずれも午前中だ。
観光客らを見込みやすい週末に開店するケースが多い中、大島の朝市は水曜を除き営業。訪ねた木曜の開店時には既に十数人の客がいた。福山市の男性(88)は「ここにしかない魚があるからね」とキジハタを三枚におろしてもらい、透き通ったシバエビを購入した。一般の消費者のほかに目の肥えた飲食業者も出入りするという。
鮮魚商の1人、荒山保光さん(55)=笠岡市=が扱う70~80種類のほとんどが地魚だ。ギギ、ニベ、ハネなど聞き慣れない魚も並ぶ中、この日のお薦めは体長5センチほどのカタクチイワシ。両手で山盛りはありそうな量で500円の値段はびっくりだ。イワシは鮮度落ちが早いが、荒山さんから「これなら刺し身でもいける(食べられる)」と聞いてもう一度驚いた。
ハネはスズキの若魚で塩焼きがおいしく、焼きたてよりも冷ましたほうが身が締まって歯応えが増すそうだ。淡泊な味のマゴチの身は骨離れの良さが特徴で、鍋料理が最適なのだとか。聞けば聞くだけ、並んだ地魚の食べ方を教えてくれる荒山さん。「対面だからできるコミュニケーション。どんどん声をかけて」と笑った。
せっかく新鮮な「前浜もん」に出合えたのだからクロダイとヒラメ、ナマコを購入し、氷と一緒に発泡スチロールの箱に詰め込んだ。さて、どうやって味わおうか。考えを巡らせる帰りのドライブが楽しかった。
(まいどなニュース/山陽新聞)