今年、35歳にしてメジャーのオリオールズに移籍した元巨人の菅野智之投手。名字は「すがの」と読む。
「菅野」という名字には、大きく「すがの」と「かんの」の2つの読み方があり、いずれもメジャーな読み方である。1つの名字に複数の読み方がある場合は、どちらかが本来の読み方で、もう1つはそこから変化したものが多いのだが、「菅野」の場合は「すがの」と「かんの」で由来が違うことが多い。
「菅野」と書いて「すがの」と読む場合は、「菅」の繁っている「野」という意味だろう。
「菅」とは植物の「スゲ」のこと。今ではスゲはあまり見られないが、かつては低湿地や水辺ではごく普通に生えていた。『万葉集』ではハギ、アシに次いで多く49首も詠まれているなど、古代の人にとってはごく身近な植物だった。
スゲはカヤツリグサ科の多年草の総称で「スゲ」という特定の種があるわけではない。
一般的には細長くて丈夫な葉が特徴で、昔の人はこの葉を笠や蓑の材料として古くから利用した。とくに笠にしたものは「菅笠」といわれ、農作業用や三度笠などとして江戸時代にも広く使われていた。
そして、「野」は水田化された平地を指すことが多い。水田は低い土地につくられることが多く、低湿地に生えるスゲとは相性がいい。そのため、古代ではスゲを「田の神」として神聖化することもあったという。
いずれにしても、「すがの」とは「水田とスゲ」というごくありふれた風景から生まれたものだ。
では、「かんの」はどうだろう。
平安時代、朝廷の要職は藤原氏、菅原氏、清原氏などごく一部の氏族の人達によって独占されていた。こうした有力氏族たちは自らの「姓」を中国風に漢字1文字に縮めて呼ぶことがあった。藤原氏は「藤(とう)家」、清原氏は「清(せい)家」である。菅原氏は「菅(かん)家」となる。
また当時の人名は、源頼朝を「みなもとのよりとも」、平清盛を「たいらのきよもり」というように、呼ぶときには姓名間に「の」を入れた。そして、菅原氏の一族は名乗りの際に「の」を入れて「かんの~」ともいい、この「かんの」に漢字をあてて名字としたのが「菅野」である。つまり、「菅野(かんの)」は菅原氏の末裔が名乗ったものが多い。
江戸時代までは、分家した際に名字の読み方を変えるということは各地でよく行われていたため、「すがの」家の分家が「かんの」になったり、逆に「かんの」家の分家が「すがの」になったりしたが、基本的には「すがの」と「かんの」は由来が違っている。
◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら、実証的な研究を続ける。NHK「日本人のおなまえっ!」にコメンテーターとして出演中。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。