岡山県立高梁城南高(岡山県高梁市原田北町)環境科学科が、菌床で育てるキノコ「ホワイト(白)ヒラタケ」の栽培を続けている。岡山県内では珍しい品種のルーツは、学校再編で19年前に閉校した旧川上農高。全国に先駆けてバイオテクノロジー技術を研究するなど、先進の気風で知られた。校名は消えたが、培われたノウハウは脈々と伝わる。
収穫の最盛期を迎えた昨年11月下旬。10平方メートル足らずの室内は、根元まで白く肉厚なキノコが育った瓶で埋まっていた。
林産を専攻する生徒を中心に授業で取り組む。3年間で資材管理から菌の植え付け、育成まで一貫して体験し、販売も行う。収量が限られ、大半が高梁市内で流通する希少なキノコとなっている。
旧川上農高にも勤務した担当の田村恭一教諭(56)によると、生産が始まったのは1994、95年ごろ。バイオ学習を柱に「特色ある学校づくりを目指した」(閉校記念誌より)時期と重なる。
高校に根付いた作物は、試行錯誤から生まれた。もともと学校はシイタケなどを栽培していたが、新たな品種を探して全国の研究所や企業の視察を重ねていた。そうした中、宮城県の企業が扱う白いヒラタケに出合ったという。
食べてみると、風味豊かで歯応えが良い。見た目もきれいで、珍しさもある。学校の看板にとの願いで始めた取り組みは、再編の波を越え続いてきた。
当時を知る川上農高OBの内田一成さん(47)は「小さな学校だったが、みんなで新しいことをやろうという雰囲気があった」と振り返る。
在校生も新たな試みを進める。知名度アップに向け、昨年10月には調理法を紹介するレシピ集を初めて作った。
3年石山琉惺さん(18)は「栽培は難しいけれど、成長の過程が分かる喜びが大きい。これからも引き継いでほしい」と笑う。
学校では現在、ホワイトヒラタケに続く品種栽培も模索している。田村教諭は「伝統を大切にしつつ、生徒の興味を育てる工夫も考えたい」と話す。
【川上農高】数学者の笹部貞市郎氏が1946(昭和21)年に創設した私立手荘(てのしょう)農林学院が前身。66年に岡山県立成羽高から分離独立し、県立川上農高となった。92年の学科改編で生物工学科、生活科学科の2科体制に。「バイオと福祉」を柱に特色ある教育を進めた。高梁城南高の開校に伴い、2006年に閉校した。
(まいどなニュース/山陽新聞)