2月1日からプロ野球のキャンプが開幕した。
今年の阪神の新入団選手は、ドラフト本指名5人と育成指名4人の計9人(移籍、外国人を除く)。この中で最も珍しい名字の選手はもちろんドラフト2巡目指名の今朝丸裕喜選手である。
そもそも「け」で始まる名字というだけで珍しいのに、「今朝丸」は名字ランキングでは2万位以下という極めて珍しいものだ。
この順位だと、年によってはドラフト指名された中で一番珍しいということもあるのだが、今年の新人選手には珍しい名字が多く、吉納翼選手(楽天5巡目)と石伊雄太選手(中日4巡目)の名字は「今朝丸」よりも珍しい。とくに「吉納」は3万位以下という極めて稀少なものだ。
育成指名の選手まで含めると、ソフトバンク育成10巡目指名の漁府輝羽選手の「漁府」も3万位以下という激レア名字。さらにソフトバンク育成13巡目の塩士暖選手の「塩士」(しおじ)も「今朝丸」より珍しい。
さて、「今朝丸」の由来である。
実は、九州北部には「袈裟丸」(けさまる)という名字があり、福岡市から佐賀県鎮西町にかけての地域に集中している。
この「丸」というのは新しく開墾した田んぼのこと。江戸時代までの日本では経済の基本は米だった。どれだけ米が獲れるかが、その地域の経済規模に直結していた。
そのため、各地で新しい田んぼを開墾する試みがみられた。とくに江戸時代中期以降は農機具に発達もあり新田開発が盛んになっていった。
こうして開発した田んぼには地名がないことが多く、「○○新田」と呼ばれることが多かった。「○○」の部分には、開発した人の名前や、開発した人が属している村の名前などが入る。
しかし、地域によってはそれ以外の命名法もあった。たとえば広島県西部では「○○河内(ごうち)」と呼ばれる。そして、九州北部では「○○丸」と呼ばれることが多かった。福岡や佐賀などに展開する百貨店「玉屋」のオーナーは「田中丸」という。これは、「田中さんの開発した田んぼ」という意味だ。
「袈裟丸」の「袈裟」とはおそらく寺のことだろう。
江戸時代には、分家した際に名字の漢字を変えるということが全国で普通に行われていた。「今朝丸」は広島県の呉市付近に集中しており、九州の「袈裟丸」から分家して移り住んだ一族が、漢字を変えたものである可能性が高い。
◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら、実証的な研究を続ける。NHK「日本人のおなまえっ!」にコメンテーターとして出演中。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。