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世界でも200人弱…ゆっくりと進行していく希少疾患「ADSS1ミオパチー」と生きる50代女性 車椅子でダンス、旅、患者会発足に奔走

まいどなニュース 2025年2月11日 9時30分

「学生の頃は周りと比較されるから、嫌でも病気と向き合わなきゃいけなかった。でも、大人になったら、そうじゃなくていい。向き合うことで感じる辛さもあるし、苦しい思いもたくさんしてきたから、今は病気と向き合わない。“この瞬間”を楽しむようにしています」

そう話す野口泰代さん(50代)は、「ADSS1ミオパチー」という進行性の筋疾患と生きている。持病が進行性であると心が暗くなることも多いものだが、野口さんは車椅子ダンスを楽しむなど、“今できること“に焦点を当て、自分らしい日常を送る。

足が遅く、歩道橋を駆け上がれなかった幼少期

「ADSS1ミオパチー」は、ADSS1という遺伝子の異常が原因で起きると言われている。遺伝性の疾患だが、父親と母親の両方が遺伝子変異を持っており、父母から変異遺伝子を受け継ぐと1/4の確率で病気が発症する。現在、患者数は世界で200人弱。中でも、日本人の患者数は80人と多い。

この病気は幼少期に足が遅く疲れやすいという特徴があるものの、日常生活の動作では困難が生じにくいため、早期発見が難しい。野口さんの場合は歩き始めた時期は早かったが、保育園の頃には他の子よりも足が遅かった。

体の動きが悪いように見える我が子を心配し、母親は病院へ。他に異常がなかったため、様子を見ることになったが、病気は徐々に進行。

「小学校の頃、歩道橋を駆け降りることはできるのに、駆け上ることができませんでした。中学では3階の教室へ行く時、手すりを使って階段を登っていました」

24歳の頃、野口さんはひとり暮らしをスタート。アパレル業に就き、1日10時間ほどの立ち仕事ができていた。だが、27歳の頃、日常生活の中でも歩きづらさを感じるようになり、筋肉の一部を採取する検査を受けた。

その結果、細胞内のミトコンドリアが関係する「ミトコンドリア病」と診断される。だが、2018年にADSS1ミオパチーの論文が発表されたことを機に、診断結果が変わった。論文に書かれていた症状が当てはまると感じ、病院を兼ねた研究機関で再度、検査を受けたところ、「ADSS1ミオパチー」であると判明したのだ。

「ADSS1ミオパチー」判明後にハマった車椅子ダンス

しかし、野口さんは強い。病名が分かった後も、精力的な日々を楽しみ続けた。30歳の頃にはワーキングホリデー制度を使い、1年間ニュージーランドへ。バックパッカーとして、ひとりでオーストラリアやタヒチ島へも行った。

「脳腫瘍で亡くなった夫とはオーストラリアで出会いました。最高に幸せな結婚生活や夫の死など色々なことを経験して、最終的にみんないつか死ぬから今の時間が一番大事という考えに落ち着いたんです」

野口さんが今、熱中しているのは車椅子ダンス。所属先の団体では、障害のある人と健常者が躍る「コンビスタイル」と、障害のある人同士で行う「デュオスタイル」というダンススタイルがあるそうだ。

ダンスの振り付けは、体にかかる負担を考慮しながら参加者で考えている。だが、その背景は伝わらないこともあり、イベント時などに周囲から「車椅子の人に負担をかけているポーズがあった」などという指摘を受け、振り付けを考え直すこともあるという。

「気遣ってくれる気持ちがあることは理解できますが、メンバーは負担を感じたら声を上げられるので偏見なく楽しんでほしいです」

また、車椅子ダンスを楽しむ中では、「重度障害者」に当てはまる人は誰なのだろう…と考えさせられたこともある。きっかけは、「重度障害者を見世物にしているのではないか」という意見がダンススクールに寄せられたことだった。

「本人たちはたとえ体が自由に動かず、喋ることが難しくても自分の脳で考え、自分の意志で参加しています。彼らは、福祉的な括りでは“重度障害者”かもしれません。でも、症状や背景を理解しているとは言いがたい状況で“重度障害者”と一括りにしたり、見世物扱いされているとみなしたりするのはどうなのだろうかと考えてしまいます」

「病名の認知度を上げる」が患者会の目標に

現在、野口さんはADSS1ミオパチーの患者会(インスタグラム:adss1myopathy)で代表を勤めている。患者会が発足するきっかけとなったのは、メンバーの菊池由利子さんによる働きも大きい。

菊池さんは、息子さん2人がADSS1ミオパチー。アメリカの患者団体にも問い合わせて情報を得ていた時に偶然、野口さんと知り合った。

2人の奮闘により、発足した患者会。当面の目標は病名の認知度を上げ、ADSS1ミオパチーが指定難病に認められることだ。その背景には患者数が少ない希少疾患であるがゆえに、認知度が低いままでは資金難が解消されず、治療の研究が進まないという歯がゆい現状がある。

「この病気はゆっくり進行していくので、早急に何かしてあげないと…という気持ちにはなりにくいかもしれませんが、症状の個人差が大きく、将来的には嚥下障害を併発したり、経管栄養や胃ろうの造設、人工呼吸器のサポートが必要になったりすることも多いんです」

実際、野口さんは指の力が弱くなってきた。食事の際は、かぼちゃなど重量のある食材だと重さを感じるようになり、サックスの演奏もしづらくなってきたという。

少しでも病気の進行を遅らせるために行っているのは、筋肉をつけるトレーニング。ADSS1ミオパチーの根治は現代の医学では難しく、医師たちも手探り状態で進行を遅らせる方法を模索しているのが現状だ。

そのため、医師の中でも意見が分かれ、「筋肉が壊れて再生が追いつかなくなるため、激しい運動は避けたほうがいい」という指示を受けたこともあったが、野口さんは別の医師と話し合い、理学療法士を交えて舌圧のリハビリや筋肉をつけるトレーニングを行ってきた。

「筋肉が弱いところのトレーニングは骨折の危険性があるので注意が必要ですが、リハビリやトレーニングをする中で、私自身はこの病気でも筋肉がついたと感じました」

手探りで病気の進行を遅らせる方法を模索する日々

そうした変化を実感したものの、理学療法士と医師が連携して筋肉疾患者に筋力の維持ではなく、筋肉をつけることを目的としたリハビリを行う病院は全国的に珍しいのが現状。

加えて、一般的なジムは不測の事態が起きた時に責任が持てないとの理由から入会が難しく、一般的なトレーニング機器は一番弱いパワーでも使用するのが難しいことも多いため、ADSS1ミオパチーの当事者が筋肉をつけることは現実的にハードルが高い。

「だから、筋肉疾患を持つ人が筋肉をつけられるようなリハビリ施設ができてほしい。そういう発想が、もしかしたら当事者の未来を変えることに繋がるかもしれません」

 「経過観察していくしかない」と医師から言われることが多い疾患だからこそ、“今できること”を模索し続ける、野口さん。持ち前の行動力をフル活用し、忙しい日々を送る野口さんの生き様は同じ疾患を持つ人にとって希望となる。

認知度が低いADSS1ミオパチーの現状が広く世に知られることで、未来が少しずつ明るくなっていってほしい。

(まいどなニュース特約・古川 諭香)

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