撮影者と被写体の間を通じ合う確かな愛情を写したような美しい写真がSNS上で大きな注目を集めている。
「古いアルバムを整理していて、母の少女時代の写真を何枚か見つけ、そのうちの一枚にとりわけ惹かれた。たぶん大叔父が撮ったのだろう、被写体に対する撮影者の溺愛ぶりがよくわかる写真だ。裏に『一九五四年四月四日』と万年筆で記されている」
と件の写真を紹介したのは図書館に勤める傍ら、詩や小説を書く蝸牛さん(@denden_fish)。
光の中で舞いながら、カメラに満面の笑みを向けるおかっぱ髪の少女。古びたモノクロ写真だが、空気感と言い少女の躍動感と言い、見る者に時代をこえて鮮やかな印象を与える一枚だ。
蝸牛さんに話を聞いた。
ーーこのお写真は。
蝸牛:母の少女時代の写真を見るのは、楽しいような、居心地の悪いような、不思議な気持ちがします。写真に写っているこの女の子は当然私を知らず、私もこの女の子に出会ったことがないわけですから、私の母と呼んでいいのか、ためらってしまいます。むしろ、よくけんかをするけれどお互いによく相手のことを知っている、気心の知れた友達にこんな子がいたような、そんな錯覚を覚えます。
それにしても、母はこんな屈託のない笑顔を見せる子供だったのだ、ということに驚きました。私の知っている母は、どんなに親しい相手でもほんの少し距離を置く人でした。
ーー撮影した大叔父はどんな方でしたか?
蝸牛:大酒飲みで、酔うと大声で豪快に笑う人でしたが、根はとても繊細な人でした。何かの機会で母が通っている学校の教室を覗いたところ、母はちょうど同級生にいじめられていたところで、大叔父は悲しんでぽろぽろ泣いていたそうです。生前、母から聞いた話です。なんだかおかしい話で、いったいどんな状況だったのか、母に尋ねなおすことができないのが残念です。
ーーお母さまは今?
蝸牛:2020年に他界しました。生きているうちにこの写真をポストしていれば、「たくさんの人からきれいとほめてもらえてよかったね」と言ってあげることができたでしょう。
◇ ◇
SNSユーザー達から
「気持ちや感情などをふくめた“空気”を含めた良き写真です。すきです。撮る人の気持ち、撮られた側の高揚感。全てが一致した時にだけとれる奇跡。、」
「『幸せ』とか『満ちる』とかそんな言葉を可視化したかのようです。幸福そうな笑顔が素敵です。モノクロの想像力を掻き立てるのもいいですね。」
「素晴らしい写真ですね。少女の愛らしさとともにその時代ならではの空気感が写しとられていると感じます。」
など数々の感激の声が寄せられた今回の投稿。読者のみなさんの身近にもこんな会心の一枚はないだろうか。
(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)