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車いすのママともう一度プールで遊びたい 5歳少女の夢が実現

毎日新聞 2024年7月12日 12時48分

 プールサイドに置いたビニール製の滑り台から、少女が水中で待つ母の胸に勢いよく飛び込んでいった。水しぶきが上がる中で、母は少女をぎゅっと抱きしめる。何の変哲もない夏の一コマは、少女と母にとって、何にも代えがたい大切な記憶になった。

 岡山県倉敷市に住む長尾茉南(まな)ちゃん(5)はプールが大好き。茉南ちゃんの夢は、車いすのお母さんともう一度プールで遊ぶことだった。

 母優子さん(41)は学生時代はバスケットボールに打ち込み、フルマラソンを何度も完走した根っからのスポーツ好き。妊娠中は水中座禅をしながらおなかに語りかけ、茉南ちゃんが生後3カ月になるとすぐにベビープールに連れて行った。茉南ちゃんは3歳からスイミングを習い始めた。

 転機は突然訪れた。2022年8月、ソファから立ち上がろうとした優子さんは、急に右足がうまく使えなくなった。「あれ?どうやって動かすんだったっけ」。しばらくしても感覚が戻らないうえ、まひは腹部まで広がり、病院に行くと「脊髄(せきずい)海綿状血管腫」と診断された。脊髄にできた血腫に神経が圧迫される珍しい病気で、手術を受けたものの、胸から下にまひが残った。

 当時、茉南ちゃんは4歳になったばかり。父紳司さん(43)、弟大輔ちゃん(2)と家族4人で何度も遊んだプールの前を通る度に「また一緒に行こうね」とつぶやいた。優子さんは「そうね、またね」と言うことしかできなかった。

 そんな時に、アミューズメント施設を運営する「イオンファンタジー」(千葉市)が取り組む子供の夢を実現するプロジェクトを見つけた。応募すると、寄せられた約2700件の中から茉南ちゃんの夢が選ばれた。

 7月8日、倉敷市の児島マリンプール。防水仕様の車いすに乗り換えた優子さんは、障害者らの水泳を手助けするNPO法人「プール・ボランティア」(大阪市)の岡崎寛理事長と織田智子事務局長の介助を受けながら、スロープを使ってプールに入った。

 先にプールに入っていた茉南ちゃんはすっと近づき、2人は一緒に泳いだり、水中でにらめっこをしたりしてはしゃぎ回った。水に慣れてくると、優子さんはプールサイドに手を掛けながら水中を一人でゆっくり歩き始めた。「すごい、夢かなったよ」。七夕の短冊に「ママの足が治りますように」と書いたばかりだった茉南ちゃんは、水面をたたいて喜んだ。

 途中、岡崎さんらは「この1回きりではなく、また家族でプールに入れるように」と、紳司さんに介助法を伝えた。紳司さんは「また一緒にプールに入れるなんて考えてもみなかった」とほほ笑んだ。

 約2時間のプール遊びを終えると、茉南ちゃんは「全部楽しかった。まだ遊びたい。明日も行く」と繰り返した。遊び足りない様子の娘の横で優子さんは「忘れられない日になった。また家族4人で試してみたい」と目尻を下げた。

 茉南ちゃんの夢が実現した夏、家族には新たな目標ができた。【平本泰章】

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