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笑いで健康づくり条例、提案の真意は? 山形で都道府県初の施行

毎日新聞 2024年7月19日 11時1分

 全国の都道府県で初めてとみられる「笑いで健康づくり推進条例」が山形県議会で成立し、9日に施行された。心身の健康に笑いが与える影響に着目したというが、県議会では賛否を巡って議論が紛糾した。一体どんな条例なのか。提案者に真意を尋ねた。

 条例が施行された翌日の10日。県議会の応接室で条例案を提出した最大会派・自民党の渋間佳寿美議員は、笑顔で記者を出迎えた。

 渋間氏によると、北海道が笑いで健康増進を啓発するため、8月8日を「道民笑いの日」とする要領を制定していることを知ったのがきっかけだという。

 山形県民は塩分の多い食事や車の利用による運動不足などの生活習慣が特徴とされ、「北海道民と同じような課題を抱えている」(渋間氏)という。このため、県を挙げて健康寿命の改善などに取り組んでいる。

 さらに調査を進めると、地元の山形大医学部がかつて県民約2万人を対象に実施した調査結果から、笑わない人は笑う人に比べ死亡率が高く、笑う人の心疾患のリスクが低いなどのデータを見つけた。

 「県民のデータによって、山形大の研究で明らかになったのだから、県民に恩恵があってもいいのではないかと思った」。渋間氏は条例化の提案の動機をこう語る。

 これらの知見を県側に伝えたところ、県の健康増進計画「第2次健康やまがた安心プラン」に一部が明文化された。ところが執行部側がそれ以上に動くことはなく、渋間氏は条例案の議員提案に踏み切った。

 渋間氏をはじめとする自民は当初、条例の素案を2月県議会に提出予定だった。北海道にならって8月8日を「県民笑いの日」、この日を中心に8日間を「県民笑いの推進週間」とそれぞれ定め、県民や事業者に笑うよう努力義務を求める内容だった。

 これに対し、立憲民主党、国民民主党などで構成する第2会派の「県政クラブ」と共産党の会派が疑問を投げかけた。

 両会派とも笑いによる健康増進について一定の効果は認めるが、県政クラブの石黒覚議員は「生まれながらに笑うことが困難な障害を抱えた人がいる。病気やけがで笑うことが困難な人もいる」と指摘。こうした人々を念頭に「人権を損なうことがあってはならない」と反対に回った。

 さらに共産の関徹議員は「笑うことは思想信条であって基本的人権の一つ。義務づけられてはならない」と強調した。素案で定めた推進週間に、戦災犠牲者に祈りをささげる「原爆の日(8月6、9日)や終戦記念日(8月15日)を含んでいる」との指摘もあった。

 このため自民はパブリックコメントを実施し、素案を修正。毎月8日を「県民笑いで健康づくり推進の日」とし、笑えない人の個人の意思の尊重については「その置かれている状況に配慮する」とした。

 それでも条例案について採決された7月5日の本会議では賛否が割れた。最大会派の自民を含む賛成26、反対16で条例案は可決された。渋間氏は、条例には法的拘束力はなく、罰則もないと強調。「笑うことの強制なんてありえない。理念条例だ。いろいろな理由で笑えない方には最大限、配慮している」と説明する。

 施行後も、条例に反対した議員の間には疑問がくすぶり続ける。関氏は「笑うことを義務づける政治のやり方は大問題」と批判。石黒氏も「笑いの日を条例にしたら、県も何かしなくてはいけなくなるのでは」と疑問を投げかけた。

 こうした声をよそに渋間氏らは、新たな条例を広く知らせるため、自分たちで作成した啓発チラシをお笑いイベントの会場などで配布する活動を始めている。

 県議会での可決を受け、条例を公布したのは吉村美栄子知事だ。10日にあった知事定例記者会見では県議会の議論についての質問に「人間の喜怒哀楽は強制されるものではないだろうなと思っている。やや戸惑ったところもある」と答えた。

 一方で吉村氏は「笑いが心身の健康に大変良いことはいろいろな研究のデータでも示されている。県民の皆様が安心して笑って過ごしていただけるような県政に全力を挙げるのは私の役割だと思っている」と考えを述べた。【古賀三男】

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