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「もっと足を動かしてあげれば」 母が災害関連死、地震から6日後に

毎日新聞 2024年7月24日 18時14分

 「残念ですが、もう助かりません」――。石川県で大雪が降った1月7日午後2時ごろ。能登半島地震で右膝を骨折した山下悦子さん(71)が搬送された同県珠洲(すず)市の病院から、金沢市にいた長男の直人さん(44)に連絡が入った。医師から「肺に血栓ができて容体が急変した」と知らされた。「もっと(母の)足を動かしてあげればよかった。(血行不良で血栓ができる)エコノミークラス症候群にならないか心配していたのに…」

 直人さんはすぐにでも病院へ駆けつけたかったが、亀裂や段差のひどい道路には雪が降り積もり、車で珠洲へ向かうのは危険だった。結局、悦子さんと対面できたのは、8日夜になってからだった。

 悦子さんは珠洲市仁江地区で一人暮らし。元日、大阪府から帰省していた直人さん家族と自宅にいたところ揺れが襲った。直人さんと長女は買い物で市中心部へ外出して不在。大津波警報が発令される中、悦子さんは避難する際に台所で転倒して右膝を強打した。キャスターの付いた椅子に寄りかかりながら家を出て、何とか近くの集会所へ避難した。地区へつながる道路は寸断され、直人さんらが山道を約6時間歩いて地区にたどり着いたのは2日の午後だった。

 集会所では廊下の椅子に座って過ごしていた悦子さん。ケガをした右膝のせいでうまく歩けず、床にはいつくばりながらトイレに行った。足は痛いはずだが気丈に振る舞い、普段とあまり変わらない様子だったという。家族らはエコノミークラス症候群を心配し、代わる代わる悦子さんの足の指などをマッサージした。

 6日に自衛隊や救急隊が来て、悦子さんはようやく市中心部の総合病院へ行くことができた。そこで初めて膝を骨折していたことも判明し、設備の整った県外の病院へ搬送されることも決まった。「これで安心して大阪に帰れる」。ようやくほっとできた矢先の突然の別れだった。

 親戚から関連死制度のことを聞き、葬儀後に申請し認定された。弔慰金は、自宅の土地の固定資産税などに充てるつもりだ。

 悦子さんは生前、自宅近くの道の駅「すず塩田村」で働いていた。十数年前に夫を亡くしたが、友人や近所の人たちに囲まれ、楽しそうに暮らしていた。

 「子供の頃、父親に怒られるとかばってくれる優しい母親だった」と直人さん。韓国ドラマが好きで、今年か来年には一緒に韓国へ旅行に行く約束もしていたという。「これからやりたいこともたくさんあったはずだし、一緒に旅行も行きたかった。親孝行半ばで亡くなってしまった」と唇をかんだ。【阿部弘賢】

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