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「相模の野っ原」から発展 リニア中間駅で「不動産バブル」沸く橋本

毎日新聞 2024年8月24日 9時0分

 リニア中央新幹線の開業が当初の27年から「34年以降」の見込みとなった。東京・品川―名古屋が40分で結ばれるという「夢」を見つつ、沿線地域の住民が向き合っている「現実」とは。リニア中間駅が建設される現場を歩いた。【高橋昌紀】

 その小さな石造りの記念碑は、ビルに囲まれ、ひっそりとたたずんでいた。「橋本駅設置に関するゆかりの処 記 相澤」と刻まれている。

 相模原市のJR橋本駅北口から300メートルほど。「明治の鉄道開業の際、この場所で関係者の話し合いがもたれたんです」。地元の不動産業者が教えてくれた。

 当時の橋本は桑畑ばかりで、まさに「相模の野っ原」だったそうだ。鉄道(現JR横浜線)は素通りするはずだったが、危機感を抱いた相沢家をはじめとする地元有志らが立ち上がり、土地と資金を提供することで念願の駅誘致にこぎ着けた。先見の明があったというべきか。昭和期に相模鉄道(現JR相模線)、平成期には京王相模原線も接続し、交通の要衝に。かつての野っ原は、神奈川県で人口3位の政令指定都市に成長した。

 そんな橋本の地下にリニア中央新幹線の中間駅が設けられることになり、周辺は開業を見込んだ不動産バブルに沸いている。神奈川県などによると、2024年の駅周辺の主な公示地価は商業地59万5000円、住宅地34万円。中間駅の誘致運動が盛んになった12年と比べても1・5倍から2倍近くに跳ね上がった。足元では坪単価が商業地で200万円、住宅地も150万円の取引もあったそうだ。

 不動産業界では、建設中の29階建てタワーマンション(458戸)が話題となった。8月時点で、販売価格は4000万~2億4000万円台を予定。事業主の東急不動産は「総合的に勘案した価格設定」とし、リニア開業は延期になったが「期待感が大きく、問題ない」とコメントした。

 橋本駅まで徒歩4分ほどの好立地で、「3大都市圏を結ぶ日本中央回廊の一翼を担う街・橋本」というキャッチフレーズを掲げる。現地モデルルームから街路をたどり、到着した建設現場。柵の向こうにはさらに土盛りがそびえ立ち、内部の様子はうかがい知れない。一方で、JR東海は「さがみはらリニアひろば」の名称で一部を一般公開。猛烈な日差しの下、土盛りを上ると眼下に巨大な地下空間が広がっていた。

 旧日本海軍の戦艦大和(全長263メートル)、あるいは東京駅赤レンガ駅舎(全長335メートル)がすっぽりと収まっても、まだ余裕があるほど。「ここまで進んだら、中止はない。いつかは乗れるかね」と、見学に来ていた地元の元会社員男性(77)。「不動産はもっと値上がりするのでは。あなたも投資したら」。そう勧められた。

 「『バブル』は悪いイメージをもたれがちだが、資産価値が上がること自体は悪いことではない」。地元不動産業者は言い切る。

 この広大な建設地には県立相原高校があったが、リニア駅設置のために移転した。大正期開校のこの学校も、養蚕などの農業後継者を育成するため地元有志が土地と資金を寄付した――とのエピソードがあると聞いた。

 不動産業者は、こうも付け加えた。「未来のため、先人たちは私財を投げ出すことをいとわなかった。単なる投資、投機ではなく、そんな地元の歴史を忘れずにいてほしい」。彼の思いは誰に届くのか。汗を拭いつつ、歩いた橋本駅周辺。桑畑を見つけることはできなかった。

リニア中央新幹線

  時速500キロ超の超電導磁気浮上方式の車両で東京と大阪を最速67分で結ぶ。東海道新幹線の経年劣化や大規模災害に備えて計画された。総事業費は概算で9兆300億円。事業主体のJR東海が自己負担するが、国の財政投融資(3兆円)を受けている。当初は東京・品川―名古屋間(最速40分)の先行開業を2027年としていたが、JR東海は24年3月に「静岡県工区の工期に10年は必要」と表明し開業は34年以降の見込みとなった。

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