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新盆に霊を迎える灯籠「房州切子」 唯一の職人に弟子、伝統つなぐ

毎日新聞 2024年8月25日 13時15分

 南房総地域特有の吊(つ)り灯籠(とうろう)で、新盆を迎えた家の仏壇や墓に飾られる「房州切子」。今夏も「浄土」から「現世」に戻った「霊」を迎え、送り出す役を務めた。

 千葉県鋸南町に住む鉄工所経営、須藤孝信さん(81)は13日、房州切子を持って同町内の極楽寺を参拝した。菩提(ぼだい)寺にある先祖代々の墓には、昨年8月9日に75歳で亡くなった妻絹代さんの名が新たに刻まれていた。四十九日を過ぎてから初めて迎えるお盆。緩い海風が吹く中、須藤さんは次男夫婦と共に手を合わせ、切子に火を入れた。すると、切子の「はかま」が、まるで生きているように揺れた。

 「じゃあ行ってくる」「気をつけて」――。朝、出がけに交わしたいつもの言葉が、最後のやりとりになったという。夕方、絹代さんは浴室で突然倒れ、帰らぬ人になった。「苦しまずに逝ったことは、本人にはせめてもの幸いだったかもしれない。でも、残された者には切ないねぇ。人生の半分以上一緒だったわけだし」と、須藤さん。

 同地域には、迎え盆の日、遺族は墓前で切子に火をともし、現世へ戻って来た霊を迎え入れるという風習がある。霊がこもった切子を自宅へ持ち帰り、数日間を共に過ごす。そして、送り盆の日、再び寺へ運んで浄土へと送り出す。同寺では、送り盆が済んだ切子を本堂に集め、伊藤尚徳住職(44)が供養を行っている。

 房州切子の作り手は今や、一人だけだ。館山市那古の中村俊一さん(49)は今年、500個余を製作し、仏具店などへ納品した。スギ材で立方体に組んだ木枠に紙を張って小窓を作り、造花やレースで飾り付ける細かい作業。約40ある工程はすべて手作業で、材料も切子に貼り付ける造花以外は手作りされている。

 中村さんは約10年前、当時たった一人の作り手だった行貝実さんの元へ押しかけるようにして弟子入りし、切子づくりを習得した。2017年12月に行貝さんが亡くなり、唯一の後継者となった中村さんにも初めての弟子ができた。千葉市緑区在住の女性で、昨年暮れから中村さんの工房へ通って技術を学んでいるという。「作れる者が増え、房州切子が広まっていってくれれば」と中村さん。

 中村さんの独り立ちを見届けるようにして亡くなった行貝さんも、新たな伝統継承者の誕生を心待ちにしているに違いない。【岩崎信道】

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