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リヤカーマン、大阪から天橋立まで155キロ踏破 教え子の製作車で

毎日新聞 2024年8月28日 8時30分

 植村直己冒険賞を2005年に受賞し「リヤカーマン」の異名を持つ冒険家、永瀬忠志さん(68)=東大阪市=が、大阪から天橋立までの155キロを5日間で歩いた。高校教員でもある永瀬さんは、生徒たちが授業で製作したリヤカーを引いて毎春、大阪―伊勢神宮(三重県伊勢市)を生徒とともに歩いている。今回は生徒の選択肢に天橋立ルートを加えるための「試し歩き」。将来、リヤカーマンと教え子が一緒に天橋立を目指すかもしれない。【庭田学】

 永瀬さんは島根県出雲市出身。19歳だった1975年、日本縦断70日3200キロで初めてリヤカーを引いた。オーストラリア横断100日4200キロ(78~79年)▽アフリカ横断216日6700キロ(82~83年)▽アフリカ横断・サハラ砂漠縦断376日1万1100キロ(89~90年)――を成し遂げ、リヤカーマンの名が定着。その後も南米大陸縦断266日8800キロ(2003~04年)など、リヤカーを相棒に世界各地を歩き続けている。

 大阪―天橋立の永瀬さんの「歩き旅」は昨夏に続き2回目だ。教え子がこれまでに作った小型リヤカー「田吾作スペシャル」は17号まである。今回は2020年度製の14号に荷物を積み、勤務する大阪市城東区の大阪府立成城高校を10日午前9時に出発。兵庫県の川西市、丹波篠山市、京都府に入り福知山市三和町と与謝野町でテントを張った。

 福知山市では50年前に野宿したことを思い出した。高校3年の時、出雲市から大阪まで友人と自転車旅行をした際に由良川河川敷で眠ったが、雨が降ってきたので橋の下に逃げ込んだという。どこの橋だったかは覚えていない。与謝野町から宮津市に向かう途中では、車で通りかかった女性から「永瀬さんですか?」と握手を求められた。

 生徒と一緒に歩くことを想定した下見なので、歩くペースや安全面に注意を払った。永瀬さんは「のどかな農村が広がり、昔ながらの日本の風景がある。日本三景の天橋立に到着すると『ここまで来たぞ!』という気持ちになる。伊勢神宮ルートに比べ、トンネルと峠が多く少しきついが、生徒も歩くことはできる」と話す。

 炎天下、天橋立到着は昨年より約1時間遅い14日午後0時半ごろだった。「暑かった。『なんでこんなことしているんだろう』と思いながら歩いて旅を続けているが、旅を終えると、歩いて良かった、またどこかを歩いてみたいと思う。生徒にも同じ気持ちを味わってほしい」と話した。

 永瀬さんは息を切らし汗びっしょり。だが、米国のデスバレー縦断やアフリカ・ナミブ砂漠縦断、ブラジル・アマゾン縦断などに比べたら、大した暑さではなかったという。

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