9月に記録的豪雨に見舞われるなど大規模災害が相次ぐ石川県輪島市で、大阪府の災害支援団体「TEAM B―DASH」が精力的に活動している。能登半島地震発生直後の1月3日から現地入りし、重機作業や被災家屋の内装修繕など、専門技術を要する支援を続けてきた。そんなさなかの豪雨に「住民が生きる希望を失ってしまう」と懸念。1日で地震発生から10カ月となるが、「復旧のめどがつくまでは」と、支援継続を決意している。
代表で大阪府出身の建築・設備業、藤丸剛(ごう)さん(48)と長野県出身の機械部品管理業、石川良太郎さん(43)は、能登半島地震発生後の1月3日、大量の飲料水や重機を持ち込んで被災地入りした。支援した住民の倉庫を借りながら10カ月近く、本業を休んで能登に常駐して活動を続けている。
藤丸さんは阪神淡路大震災(1995年)で神戸の街が焼け野原になったことに衝撃を受けたのを機に個人でボランティアを始め、東日本大震災など全国各地の被災地で活動。2019年4月に「B―DASH」を設立し、メンバー15人が時間の許す限り現地入りしている。B―DASHは、近年発生する大災害の現場には必ず駆けつけていることから、全国各地の行政担当者には知られた存在になりつつある。
輪島市でボランティアの窓口を担う「たすけあいセンター」の田中昭二センター長(66)は「さまざまな災害現場での経験を生かし、倒壊家屋からの貴重品の取り出しなどあらゆる場面で助けてもらっている。多くの住民が感謝している」と厚く信頼する。
2人のような「技術系」で、しかも長期間滞在するボランティアは少ないという。共に重機の運転資格所持者で、藤丸さんは内装業の技術もあるため、重機による泥の除去や内装の修繕、住宅敷地内の水道管復旧などで活躍している。
藤丸さんは、家の修繕では作業しながら住民と信頼関係を築くことを意識しているといい、「『支援する人がいるよ』と顔を見せ続けることが住民の安心感につながると思う」と話す。
一方、活動を通じて住民に「自助力」を身につけてほしいと願い「災害が当たり前になっている時代。何かあった時、誰かが必ず助けてくれるわけではないのだから、各自が実践できる復旧作業を身につけ、自助力を高める努力が必要」と知り合った人たちに呼び掛けている。
現在はほとんど収入がなく、活動費は能登半島地震に関する日本財団の活動助成金を受けて賄っている。ただ、重機の燃料代や修理用の部品など経費がかかり、蓄えを切り崩しながら活動している。それでも、2人は「復旧のめどがつくまで」活動を続けるつもりだ。
石川さんは「現地の人と触れあえるのが楽しく、ありがとうの言葉がほしいという自分の“わがまま”で勝手に来させてもらっている。自分が被災した時、誰かに手を差しのばしてもらえたらうれしい」と話す。
藤丸さんも「焼けた神戸の街と輪島の朝市の被災状況が重なり、能登の復興は自分の使命だと思ってやってきた。今は被災で大事なものを失った人への支援が最優先で、何も失っていない自分は借金をしてでも全力で支援する。そうしないと、あの人たちがだめになってしまう」と、命の尊さを強調した。
【山口起儀】