紫金山(ツーチンシャン)・アトラス彗星(すいせい)の地球最接近から、13日でちょうど1カ月が過ぎました。既に彗星は肉眼では見られなくなり、宇宙のかなたに去りつつあります。連載「星空と宇宙」、今回は27年ぶりの大彗星として、日本全国で話題となった「紫金山・アトラス彗星」の姿を振り返ります。
2023年に中国の紫金山天文台と、小惑星地球衝突最終警報システム「アトラス(ATLAS)」の南アフリカの望遠鏡によって発見されたこの彗星。太陽系外側の微小な天体が集まる領域「オールトの雲」からやってきたと考えられています。
一部で周期8万年という報道もありましたが、継続観測のデータから、二度と太陽の近くには戻らない可能性が高いと推測されています。
この彗星は9月28日に、約0・4auまで太陽に近づき、10月13日には地球に約0・5auまで近づきました(天文単位auは、地球と太陽の距離である約1・5億キロを1とした単位)。発見初期から、かなり明るくなると期待されましたが、今年6月ごろに増光が止まり、消滅に向かっている可能性も一部では指摘されていました。
「本当に大彗星になるのか」。多くの天文ファンが期待と不安を胸に待ち構える中、9月下旬には夜明け直前の東の空に、尾を伸ばす彗星が見られるようになります。肉眼では難しいものの、写真に写る姿は期待を裏切らないものでした。その後、見かけ上、太陽に近づいて一時的に見えなくなります。
その間、欧州宇宙機関と米航空宇宙局が運用する、太陽観測衛星「SOHO」が捉えていました。画像には太陽の間近で輝く彗星の姿が写っています。
10月中旬、日没後の夕空に移り、最も注目される時期に。私は12日に、東京湾内にある「海ほたる」サービスエリアで彗星を探しました。西空がまだ明るい中、横浜の夜景のすぐ上に尾を伸ばす姿が双眼鏡で確認できました。
そして、千葉県館山市の海岸で待ち構えた13日の夕方。空が次第に暗くなると、昨日とは見違えるほど、立派な姿の彗星が現れました。明るさは1等級ほど。肉眼で確認でき、10度(満月20個分)ほどの白い筆先のような尾が見えています。写真ではさらに長くはっきりと写りました。「この姿を待っていた」と、心が躍りました。
日本で見られた明るい彗星では、1996年の百武彗星と、97年のヘール・ボップ彗星が知られています。共に都心でも観察できる大彗星でした。07年のマックノート彗星は日本からは厳しい観測条件。20年にネオワイズ彗星が接近した際は、梅雨の真っ最中。観測できたのは一部の地域だけでした。
10月13、14日は天候が良好で全国的に観察できました。27年ぶりに「彗星のある風景」が日本で見られたのです。SNSでは「スマホでも写った!」などの声と共に写真が多く投稿されました。この彗星が「史上最も多くの人に撮影された彗星」となったことは間違いありません。
彗星の尾は主にイオン化したガスの尾「イオンテール」と、チリの尾「ダストテール」の2種類あります。共に太陽の反対側に流され、イオンテールはほぼ直線上に、ダストテールは太陽風の影響で彗星の軌道面に沿って曲がって見えます。ただ紫金山・アトラス彗星はガスが少なく、イオンテールははっきり見られませんでした。
今回は、尾が地球の方向に向かっていたため、位置の関係で彗星の頭の前方側にも尾が見えていました。反対方向に伸びる尾なので「アンチテール」と呼ばれています。また、10月14日ごろには細い直線状の尾がアンチテールの中に見られました。こちらは「ネックライン構造」と呼ばれ、地球が彗星の軌道面を横切ったために見られたものでした。尾や明るさの変化もあり、ついつい何度も撮影に出かけてしまいました。
彗星は次第に暗くなりましたが、20日以降は月明かりが無い中で観察でき、天の川との競演も見られました。空が暗い場所では、肉眼でも15度以上に達した尾が眺められました。星空の中で日々、場所を変えていく彗星を見ていると、地球が太陽系の一員だということを感じられました。
今回撮影地では、百武彗星やヘール・ボップ彗星の思い出を語る天文ファンに多く会いました。紫金山・アトラス彗星も、数十年後に話題になっているのかもしれません。11月13日の時点で、彗星は地球から1・4auの距離まで遠ざかりました。次の大彗星はいつ現れるのでしょうか。今回とは異なる姿を期待し、次の彗星を待ちたいと思います。【手塚耕一郎】