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「川に鉱毒が…」「ロマンだよ」 外資の金山開発に揺れる地元

毎日新聞 2024年11月16日 6時0分

 かつて金採掘でにぎわった北海道のある地域で、外国資本の企業による金山の再開発計画が浮上している。採掘により有害物質が流出する鉱毒被害を懸念する一部の住民は事業中止を求める一方、新鉱脈の発見による地域の活性化を期待する声もある。果たして金山開発は環境汚染の要因か、それともロマンか――。地元は大きく揺れている。

 「金採掘は町や地球環境には全く採算が合わない事業だ」「子どもたちが遊ぶ川に鉱毒が1%でも流れたらどうするのか」

 7月19日、北海道黒松内町。オーストラリアの探鉱企業、キンギン・エクスプロレーション社が開いた住民説明会では事業に反対する声が相次いだ。

 同社の日本法人は黒松内町と長万部町にまたがる静狩金山跡で金の状態を確認する作業を行うため、地権者以外でも申請できる試掘権を2月に経済産業省から取得。ボーリング調査の開始前、鉱区内の地権者から説明を求められていた。

 この日の説明会では、環境影響を不安視する黒松内町民から厳しい指摘と質問を受けたが、「次回、答えられるよう準備する」といった回答が目立ち、議論は深まらないまま、約2時間で説明会を打ち切った。

 静狩金山は1890年に発見され、道内有数の金鉱山として発展。戦前の総産出量は全国9位の5089キロに上り、「金湧く静狩」と呼ばれた。

 だが1943年、戦時下で金より鉄や銅などの鉱業を重視した政府の方針により閉山。戦後、再開したが、採算性が見込めず再度閉山した。そこに目を付けたのがキンギン社だった。

 試掘権を取得した黒松内町内の鉱区は大部分を山林が占めるが、一部、肉用牛の牧場もある。この牧場は、自然の状態の湿地や山林で放牧する「環境再生型農業」を取り入れており、代表の森塚千絵さん(60)は「試掘で地下水脈が乱れたら、湿地が乾いてしまうのではないか」と懸念する。

 黒松内町には国の天然記念物に指定されている北限のブナ林があり、町は2012年に生物多様性地域戦略を策定するなど環境保全に力を入れている。森塚さんの牧場には貴重な生態系があるとして研究者も出入りする。

 町議会は8月、鉱山の専門家を招いて勉強会を開き、平日の夜間にもかかわらず約40人が集まった。

 町民有志は11月6日、開発を中止させるよう求める署名678筆を町議会議長に提出。岩沢史朗町議は「(有害物質を含む)坑廃水は土壌汚染の最大の要因で、鉱山からはそういうものが出てくる。きれいな水と空気を残していきたい」と力を込める。

 一方、隣接する長万部町では、少し様子が異なる。

 「世界経済を動かすだけの力を持つゴールドがこの町に眠っているなら、それはもう夢を見たくなる」

 そう語るのは木幡正志町長(76)だ。かつて金山が町に繁栄をもたらした歴史を振り返り、「また金が出てきたら一つのロマンだよな」と期待感を隠さない。

 その理由は、町の著しい過疎化にある。現在、町の人口は4748人(10月時点)。静狩金山跡がある静狩地区には364人が暮らしている。しかし、金山が稼働していた戦前は、同地区だけでも約7000人が住んでいたという。

 「本当に金山開発となれば、町がにぎやかになり、人が入り、雇用が増える。住民税、固定資産税、鉱産税が入ってくる。それが国益にも町益にもなる」。そんな将来像を描いている。

 町長は約2年前に「実は静狩金山は夢のある山なんだ」とキンギン社側から説明を受けた。同社は「生産量の10%まではいかないが、それくらいの恩恵は」と町への利益還元も示唆し、町長は、環境を汚染しない▽住民への説明は丁寧に行う――ことを求めたという。

 長万部町に住む元テレビ局ディレクターの山崎秀樹さん(60)は「町内にも反対する人はいるが、町長が肯定的な意見を表明しているので、声を上げづらいのではないか」とみる。

 静狩地区に住む男性(79)は「黒松内町の住民はかなり反発している。長万部町でも、賛否を巡って分断が生じるのではないかと不安だ。自分は判断できるほどの情報を正直持ち合わせていない」と吐露した。

 当初25年4~11月の試掘を計画していたキンギン社は、7月の住民説明会で「皆さんの意見を聞き、一つ一つに答えていきたい」と強調したが、11月現在、黒松内町での2回目の説明会は未定で、長万部町では一度も開催されていない。

 国内で金山開発を進める他の外資4社は、住民説明会には積極的でない。

 ある企業の幹部は「地元のサポートなくして事業は進まない」と前置きしつつ、住民の反対を念頭に「試掘段階では地域への影響が少ないため、住民説明会はしない」とも。自治体や試掘現場周辺の住民には個別に伝えており、採掘に進む場合は説明会を開く考えだというが、開発に向けた事業者、住民、自治体の合意形成への道は見えていない。【伊藤遥、片野裕之】

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