事件報道でよく耳にする「司法解剖」。遺体の死因を突き止めるために行われるが、どれくらい実施されているのだろうか。警察からの依頼で多くの司法解剖に携わってきた千葉大学大学院医学研究院の岩瀬博太郎教授に実態を聞いた。【林帆南】
――千葉大ではどんな解剖を行っているのでしょうか。
◆犯罪の疑いがある遺体を見る司法解剖や、死因が分からない場合に警察署長の権限で解剖できるとされている調査法解剖、公衆衛生向上を目的とする承諾解剖――の3種類です。司法解剖は年間300~350体ほど手掛けています。
――司法解剖の意義を教えてください。
◆解剖をして死体検案書に自殺や他殺といった死因の種類を書きますが、それによって、警察や遺族の対応も異なってきます。CT検査をすれば死因が分かると思い込まれがちですが、そんなことはありません。解剖でしか分からないことがあります。
――具体的にどういうことでしょうか。
◆解剖や検査をやり尽くさないと死因を特定できません。例えば、病院で肺炎で亡くなった場合、脳挫傷で意識不明のまま寝たきりが2カ月間続いたために肺炎になったら死因は「脳挫傷」。さらに脳挫傷の原因が殴られたことなら、「傷害致死」となるため他殺。病死だと思われがちの脳内出血も、覚醒剤中毒が原因になっていることが結構ある。死因の種類によって生命保険や損害賠償なども変わり、解剖を怠ることで「保険金殺人」の犯罪を見逃し、さらに他の犠牲者が出てしまうかもしれません。
――法医学の研究に入ったきっかけは何かあったのですか。
◆大学時代に法医学教室に入ったのは教授に声を掛けられ、断れなかったためです。しかし、いざ入ると、当時は設備が不十分で、薬物などの検査もしておらず、驚きました。この状況はいずれ何とかしないといけないと怒りに近い気持ちを抱きました。
――交通事故死の司法解剖もありますよね。
◆最近、ドライブレコーダーが普及し、交通事故の解剖は少なくなってきました。単独事故は昔から実施していませんが、本当はやった方が良い。2017年に県内で准看護師が同僚に睡眠導入剤を飲ませて交通事故を起こさせたことで同僚がけがをした事件がありました。実は、その数カ月前にもこの准看護師が他の同僚に対して同様の事件で殺害していましたが、単独事故として処理され、見過ごされた。本来ならきちんと司法解剖や調査法解剖をやるべきだったと考えます。日本は世界各国と比べても解剖率が低い。「犯罪でなければ解剖しない」という風潮ができてしまっているからではないでしょうか。
――司法解剖を行う上で大切にしていることは?
◆正しくあること、です。司法解剖をする前に、警察から死亡した時の状況を聞きますが、客観的な状況と警察の予想は分けて聞くようにしています。医学的、科学的に十分客観性が保つことができる内容だけを採り入れなければなりません。分からないことは「分からない」とすることが誠実だと思っています。
■人物略歴
岩瀬博太郎(いわせ・ひろたろう)さん
1967年生まれ。千葉県出身。東京大学医学部医学科を卒業後、同大学法医学教室を経て、2003年から千葉大学大学院医学研究院法医学教室に所属。