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学生街・早稲田から消える書店 崩れる共存共栄の構図

毎日新聞 2024年11月20日 8時0分

 9月16日、日本有数の学生街である東京・早稲田に唯一残されていた新刊本書店「文禄堂」が閉店した。早稲田大学の周辺では近年、新刊本書店では大手チェーンの「ブックファースト」なども閉店した。「江原書店」や「ブックスルネッサンス」などといった古書店の閉店も相次いでいる。その背景には、一体どんな問題や社会の変化があるのだろうか。書店の閉店が広げる波紋とその要因を探ってみた。【早稲田大3年・竹中百花(キャンパる編集部)】

「本当にショック」

 「学生は社会人よりも時間があるし、勉強面でも本が必要な時期なのに、学生街で書店が潰れたことに驚いた。学生街でダメなら、どんな街で書店は続けていけるんだろうと疑問に思う」。文禄堂の閉店についてそう語るのは、早大文化構想学部3年の高橋あかりさん(21)=仮名=だ。

 高橋さんは同学部で小説やルポルタージュ、書評などの執筆を行うゼミに所属しており、出版取次会社のインターンシップに参加するなど出版・書店業界と関わる機会が多い。同じゼミ員の岩倉優さん(21)も「大学に行く道にあるし、なんとなく早稲田の学生は行っているイメージがあったから驚いた」と語った。

 新刊本書店が姿を消したことでより直接的な影響を受けるのは、出版物販売で長く早大周辺の書店と共存共栄の関係にあった早大の学生サークルだ。

 「文禄堂は早大に最も近く、全体売り上げの中でもかなりの割合を占める店舗だったので、閉店になると聞いた時は開いた口がしばらく塞がらなかった。文禄堂の閉店で、おそらく3割くらい売り上げが落ちてしまうのではないかと思う。本当にショックだったし、しばらく何も手につかなかった」。創設以来46年続く早大の出版サークル「マイルストーン」の47代目編集長、商学部2年の中野晃輔さん(19)は肩を落とす。

新規の取扱店確保に全力

 同サークルは「マイルストーンエクスプレス」という、早大で開講している授業の口コミやサークル情報などをまとめた約600ページの雑誌を製作・販売している。同誌は毎年4月の履修登録期間に合わせて発売される。記者自身もお世話になっているが、税込み700円という安さから、早大に通う学生のほとんどはこの雑誌を書店で購入し、じっくり読んで履修登録を行うと言われるほどだ。

 若者層を中心に、紙の出版物を読む人が少なくなり、スマートフォンやパソコン経由で情報収集するのが当たり前の時代になった。同サークルでも2年前、こうした変化に対応しようと、雑誌掲載の情報を専用アプリを用いてスマホなどで手軽に見られるようにする技術革新を行ったところだった。ただ、前編集長の教育学部3年、前原健人さん(20)によると「毎年メンバーが入れ替わるサークルでは技術の継承が難しく、書店での実物販売がやはり大事だと思い直していた」ところだったという。

 マイルストーンエクスプレスは毎年6月ごろから販売戦略を練り、10月ごろから本格的な製作期間に入るそうだ。そのため突然の文禄堂の閉店で、急きょ戦略変更を余儀なくされた。今は、どのエリアの店舗で販売すればより多くの学生に手に取ってもらえるのか熟考し、新たな取扱書店の開拓に全力投球しているという。

学生気質の変化とネット販売が逆風に

 学生街・早稲田で書店閉店が相次ぐ要因として、社会や学生気質の変化を指摘するのは、早稲田で60年続く古書店「虹書店」で店主を務める清水康雄さんだ。虹書店は主に沖縄や戦争関連の書籍を専門に扱う店で、店内にはノンフィクションから小説、新書まであらゆるジャンルの本がある。

 清水さんは2代目で、45年ほど店主を続けてきた。清水さんが店を継いだ当初は、勉強熱心な学生らがよく来ていたという。しかし激化する受験戦争の反動や、いわゆる「ゆとり教育」の推進などを背景に「大学に進んでも熱心に勉強を続ける学生は減っていき、書店を訪れる学生も徐々に減っていった」そうだ。

 出版・書店業界を巡る大きな環境変化も影響した。インターネットショッピングの登場だ。「特にアマゾンが普及しはじめてから売り上げはガクッと落ちた。大体半分くらい減ったんじゃないかな。うちは店に置く本を狭く深く絞っているので、教授や大学院生など繰り返し来てくれるコアなお客さんがいて、何とかやっていけているけど、そうじゃない店舗はやっぱり厳しいと思うよ」と清水さんは話した。

 専門書の価格は総じて高いが、金銭的に余裕のない学生にとって貴重な味方になるのが古書店の存在だった。先輩が卒業で手放した専門書を、古書店を通じて後輩が割安で入手する。新刊本書店とは違う、学生と書店の共存共栄関係が成立していたが、その構図も崩れつつある。かつて早大周辺に40軒近くあった古書店は、今では20軒程度に減少しているという。

貴重な出合いの場

 「知の探究」の最前線である大学の周辺ですら、書店の経営は厳しいのが現実だ。しかしそれでも、なお打開策を模索する学生たちはいる。マイルストーンの前原さんは「書店が置かれている現状はやはり厳しいと思う。それでも僕たちがその向かい風を少しでも変えていけるように頑張りたい。大学の出版サークルの一つにすぎないが、本や雑誌を手に取って読むことの面白さを学生に伝えていければと思う」と語った。

 書店に行かなくても本は買える。しかし、書店には「思いがけない本との出合い」という、ネットではできない体験ができる、と記者は思う。ネットでは自分が買いたい本にしか出合えないし、自分好みにカスタマイズされたお薦めしか出てこない。しかし、書店にいけば自分の興味範囲以外の本との出合いや、新しい「好き」との出合いがあるかもしれない。

 マイルストーンの中野さんは「いつか部屋のどこかでマイルストーンエクスプレスを見つけ、早稲田で過ごした時を思い出す。紙の本や雑誌にはその力があると思う。そんな本を買う、読む、思い出すという一連の流れの魅力を伝えていきたい」と話した。

 書店の価値が社会で広く見直される時代は来るだろうか。虹書店店主の清水さんは「大学に入ったことは終わりじゃなくて出発点。大学に入った後も勉強をし続けてほしいと思う。勉強には必ず本が必要になってくる。その時は書店を利用してくれるとうれしい」と学生に呼びかけた。

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