「いつも新鮮な気持ちで過ごせますよ」。認知症の高齢女性に声をかけるのは、アルツハイマー型認知症の春原治子(すのはらはるこ)さん(80)=長野県上田市=だ。6年前に診断され、認知機能の低下などが徐々に進み言葉が詰まりやすくなった。だが、おしゃべり好きな性格は変わらず、認知症サロンでの相談役や年30回以上の講演活動を続ける活躍ぶりは健在だ。その秘訣(ひけつ)を探った。
日本最長の千曲川(信濃川)が流れ、高原に恵まれた自然豊かな上田市に、地域住民が交流する場「hinata bocco(ひなたぼっこ)とよさと」がある。ここでは認知症サロンやイベントなどが開かれる。
「認知症は怖くないよ、と思っています」
10月中旬、同県駒ケ根市に住む認知症の人やその支援者のグループが春原さんの体験や地域の取り組みを聞くため訪れた。
「忘れることはあっても、考える力もあるし、人を思う心もある。認知症は怖くないよ、なんて思っていますよ」
春原さんはそう語った。
講演会が終わり、談笑の場になったときだった。春原さんは冒頭の高齢女性と対面でおしゃべりを始めた。
「すぐ忘れちゃうからね、毎日が新鮮ですよ。それが認知症の良いところ」。春原さんがガハハッと笑うと、当初不安を抱いたような様子だった女性の顔がほころんでいった。
高齢者の5人に1人が認知症の時代に
国の推計によると、2025年には高齢者の5人に1人にあたる約700万人が認知症になる見込みだ。認知症になると何もできなくなる――。こうした誤った見方は社会に根強い。
そんな中で、春原さんはなぜ隠すことなく病気を公表できたのか。
仲間とつくり上げた地域の絆
春原さんが認知症について学んだのは、自身に症状が出る前で、今から20年以上前にさかのぼる。
住民による特別養護老人ホーム「ローマンうえだ」の誘致活動をきっかけに、春原さんも地元の林之郷(はやしのごう)地区で地域サロンを12年に開いた。介護予防の体操をしたり、コーヒーをたしなんだりと住民の憩いの場となった。
それから約6年後の18年、春原さんは認知症の診断を受けた。サロンのメンバーに打ち明けたとき、「あ、そうなの」「いずれ私たちもなるわよね」といった反応で、心配を抱く人は誰一人としていなかった。
誰もが認知症になる時代。「認知症で忘れることが多くなっても、地域の仲間が心の引き出しを開けてくれる。元気に生きる、私自身は変わってないよということをお伝えしたい」。春原さんは満面の笑みを浮かべた。【阿部絢美】