「人間性を無視しちゃっている。制度自体に問題があるんじゃないか」。取材に応じてくれた92歳の男性は怒りで体を震わせながらそう言った。身に降りかかったのは成年後見制度。男性の認知症を理由とした、自治体による後見申し立てが家庭裁判所に認められた後、男性は取り消しを求めて闘った。本来は本人の権利を守るはずの制度でなぜこのようなすれ違いが起きたのか。
成年後見人が通帳などを管理
成年後見制度は公的介護保険とともに高齢化に対応する「車の両輪」と位置づけられ、2000年に始まった。判断能力が不十分になった人に対して家裁が後見人を選任するなどの仕組みで、最高裁によると23年末時点で24万9484人に利用されている。
男性は国立大の農学部を出た後、公務員として農業に関わる仕事に長く取り組んだ。
知的障害のある60代の長男と中国地方で暮らしていた20年10月、自治体は医師の診断書を提出するなどして後見を申し立てる。約4カ月後に家裁が後見開始を決定し、選任された成年後見人が通帳などを管理するようになった。
新聞で「家族の会」を知り自ら電話
取材に対して男性は「こちらに十分な説明もなく申し立てをされた」と自治体への不信感をにじませる。後見が始まって苦しかったのは周りの支援者らが自分の希望を聞いてくれなくなったことだ。行政などの窓口で後見人が一緒にいなければ対応してもらえない経験もした。
「世間並みのことを頼んでも『こういう制度だからどうしようもない』と言われる。私の気持ちは全然考慮してくれなかった」
後見人が付いたことで、長男と引き離されるような不安も覚えたという。
苦しい思いで過ごしていた頃、男性は制度利用者の家族らが「後見制度と家族の会」(石井靖子代表)を設立したという記事を新聞で目にし、電話をかけて助けを求めた。
その後、男性は支援を受けながら自ら後見取り消しを家裁に申し立て、医師が男性の状態を調べる鑑定なども実施された結果、後見開始から約10カ月後の21年12月に取り消しが認められた。
「後見」適用は適切だったのか
成年後見制度のうち民法に基づく法定後見には①後見②保佐③補助――という三つの分類がある。後見は最も判断能力を欠く状態の人に適用されるものだ。だが、取材に応じた男性は自分の気持ちを語ることが可能で、一定の判断能力は保たれているように見える。
家族の会の石井代表は「普通に話をできていて後見が必要な人とは思えなかった」と疑問を感じている。
自治体側は男性の認知機能が低下してきたとみて、男性と障害のある長男の暮らしを安定させる目的で後見を申し立てたとみられる。それでも、本人の自由を大きく縛ることにもなる後見を選んだのは適切だったのか。見解を尋ねた毎日新聞に対し、自治体は「個人情報保護の観点から取材対応は控えさせていただきます」としている。【銭場裕司】