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生きづらい人、「縁側」においで 千葉・我孫子の心の休憩処

毎日新聞 2024年11月24日 14時0分

 メンタル不調などで生きづらさを感じている人に安心できる空間を提供する活動「心の休憩処engawa(縁側)」が、千葉・我孫子の民家で続けられている。悩みを吐き出すもよし、ただ座ってぼんやりするもよし。頑張らなくていい「居場所」が来訪者を待っている。

安心できる場所と時間を

 JR常磐線我孫子駅から歩いて10分の住宅街。築50年の平屋建て民家には時折、列車が走る音が聞こえてくる。8畳和室にはこたつが置かれ、観葉植物の鉢がカーテンレールにぶら下がる掃き出し窓を開けると、縁側や小さな庭が見える。「おばあちゃんちに来たような安心できる場所と時間を提供したいと思ったのです」と、代表の兼松明日佳さん(34)が座布団を勧めてくれた。

 「engawa」は兼松さんが経営するしんきゅうマッサージ院「MOEGI(もえぎ)」の一室で開かれ、社会福祉士や精神保健福祉士、アロマセラピストら15人ほどのスタッフが運営に関わる。対話の日、セラピーの日、森林浴体験などのイベントがほぼ毎週開かれており、希望者は予約のうえ、参加できる。

 兼松さんは、しんきゅう師のほか、メンタルケア心理士や森林セラピーガイドの資格を取り、自殺対策支援員としても活動している。より多くの人に体と心を癒やしてもらう場として昨年5月、「engawa」を始めた。

発達障害があっても「自分」

 メンタル不調の人たちに心を砕く理由が、兼松さんにはいくつかある。その一つが「みんなができることが自分にはできない」という違和感を30年近く抱き続けてきたこと。

 「忘れ物が多いのは大人になっても変わりません。空気を読めないので友達と仲良くできず、中学校ではひとりぼっちで下校するのを見られるのが恥ずかしくて放課後、走って帰ったこともあります」。ダメな子と叱られるのではと、親の顔色をうかがう子だったと振り返る。

 しんきゅう師として独立を果たした3年前、「これまでのモヤモヤとした生きづらさの正体を知りたい」と考え、精神科医にかかった。予想通り、注意欠陥多動性障害(ADHD)という発達障害の診断を受けたが、「障害があっても自分らしく生きられる」と、支援活動の中で前向きに訴えられるようになった。

兄の「つらさ」胸に刻み

 2歳年上の兄の自死にも突き動かされた。

 兄は中学生のころ、「いじめられている」と口走るようになった。「思えば、そのころに統合失調症を発症していたのかもしれません」。症状が強かった時期は、被害妄想や暴言が激しく、家族全員で苦しんだ。兼松さんは実家を早く出たいと願うようになった。

 その後、比較的落ち着いていたと思われていたある日、兄は27歳で先立った。ノートに「生まれ変わりたい」という内容のメモが残されていた。

 「兄もつらかったんだろうと、今では分かります」。しかし当時は兄の病気を積極的に理解しようとはできず、むしろ、冷たく当たっていた。

 そんな自分を責め、何も手につかない日々が続いたが、生活困窮者支援のボランティア活動に加わったり、交友関係を広げていったりすることで少しずつ考えが変わっていった。「どんな病気や障害を持っていても、それはその人の一部でしかなく、みんな同じ人間。誰もが個性や使命を持ち、人間らしく生きていく権利があると、兄の死から教わりました」

 体を鍛えるスポーツトレーナーになる夢を持っていたが、心も癒やすしんきゅう師を目指すことにした。

「自分だけじゃない」

 国内の自殺者は2003年に最多の3万4427人を記録。10年ごろから減少傾向にあったものの20年に増加に転じ、近年は2万1000人台で推移している。10代も緩やかな上昇傾向にあることに、兼松さんは危機感を募らせている。

 自殺対策相談員の仕事をしていると、「消えてしまいたい」など死をほのめかす訴えを聞くことも少なくない。「そんな人が来て、ぼーっとして楽になって帰ってもらえる場所を作りたい」という気持ちが「engawa」として形になった。

 これまで、関東を中心に200人を超える人が訪れた。精神科の疾患を抱えた人や診断に至らない「グレーゾーン」の人、その家族などが思い思いに過ごしている。

 障害やうつ、家族の支援などを語り合う21日のイベント「ろくさん会」では、7人ほどが参加して車座になり、互いに耳を傾けた。会場からは「ほかの方に遮られることなく、自分のペースで話せるので、安心感につながっている気がしました」「自分の気持ちも相手の意見も大切にしたい」などの声が聞かれた。

 兼松さんがうれしいのは、「つらい思いをしてきたのは自分だけじゃなかった」「明日から頑張ろうかなという気持ちになった」などの言葉を利用者からもらう時だ。

 「つらい時って思い詰めたり、視野が狭まったりします。でも、『縁側がある』と思うことで、安心して自分を取り戻してもらえたらいいな」と語る兼松さん。「私も自己否定がだいぶゆるくなって、自分を受け入れられるようになってきました」とほほえむ。engawaが送る「安心していいんだよ」というメッセージは、兼松さん自身にも向けられている。【山崎明子】

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