漫画家を夢見た少年は、警察官となった。警察署長となった今、得意のイラストを活用し、交通事故や特殊詐欺被害の未然防止に向けた啓発活動に力を入れている。
11月下旬、愛知県清須市西枇杷島町の公民館。市民約70人を前に立つ、愛知県警西枇杷島署の渡辺教義署長(59)の姿があった。
「夕方に出かけるときは反射材をつけましょう」。防災訓練の講話に招かれた渡辺署長は、明るい服装の歩行者の方が車に早く気づいてもらえることを表現した自作のイラストなどを手に持ち、紙芝居のように交通事故・特殊詐欺の被害未然防止のための対策を熱く語った。
幼いころから絵を描くことが大好きだった。仮面ライダーやウルトラマンなどを描き、祖父母から「大きくなったら漫画家か絵描きになりな」と褒められ、漠然と漫画家を目指すようになった。
転機は高校2年生のころ。漫画家になる夢を持ち続けていたが、高校卒業後の進路に迷いもあった。そんな時、町役場での勤務経験がある父親から「いつまでも夢を見てるな。役場や消防士の方が良いのではないか」と言われた。ちょうど同じころ、地元の先輩から警察官になることを勧められていたため、漫画家の夢はあきらめ、高校卒業後、警察学校の門をたたいた。
愛知県警津島署をスタートに、交通機動隊や交通総務課など、主に交通畑で勤務した。
忘れられない出来事がある。約20年前、県警守山署で交通課長代理として勤務していた時に起きた交通事故。事故で死亡した男性の遺族から「なんでうちのおやじが死なないかん」と涙ながらに訴えられた。
「無力だな。何もできないのか」とショックを受けた。同時に、地域を守る警察官として「事故は一件でも減らさないといけない。諦めることは簡単だが、できることをやらなければ」と心に誓った。この経験を胸に刻み、走り続けてきた。
今年3月、西枇杷島署長を拝命した。地域の安全を守る警察署トップとして自分に何ができるのか。そう考えた時、幼いころから描いてきたイラストを活用しようと思いついた。
西枇杷島署管内でも特殊詐欺被害に遭う高齢者は後を絶たないことから、今年7月、「詐欺」にかけて鳥のサギがおばあちゃんに電話をかけて特殊詐欺をしようとしている場面を図案化。コースターにして管内の飲食店に1万枚配った。
冒頭の講話会では、4枚のイラストを仕事の合間を縫って2日かけて作成した。
心がけるのはわかりやすさだ。「パソコンで画面を映し出すよりも手作り感を出した方が印象に残ると思う」と話す。
退職まであと約1年4カ月。「被害に遭う人が一人でも減らせるように、これからもイラストを使って啓発活動を続けていきたい」と意気込む。【塚本紘平】